会長のご機嫌


相も変わらず、生徒会室の扉は乱暴に開かれる。
「誘拐されかけた」
生徒会室に入ってすぐ、会長であるアオが口を開いた。
開口一番それであったため、うまく驚くことも慌てる事もできなかった副会長のレイルは、予算案から目を離すというだけの行動しかとれなかった。レイルに予算案を渡した会計の一人であるジンゴが代わりに驚いた。
「へぇ、スゴイ。会長を誘拐できるような人外がこの世にいたとは」
「この世かよ。せめて学内ぐらいにしとけよ」
「人外の部分は思うところないんですねぇ」
レイルが少し遅れて状況を把握しようとした。
予算案から顔まで上げて見たアオは、いつも通り不遜な顔をしていた。
だから、レイルもいつも通り、少しだけ頷く。
「解りました。風紀委員室に行って、牧瀬にでも慰められて来なさい。それで気が済むでしょう」
「まて、俺は誘拐されかけたといったんだぞ。心配するフリくらいしてもいいだろう」
それまで大人しくしていた、もう一人の会計であるカンジがわざとらしい声を上げた。
「うわーびっくりぃ。ちょーおどろいたーちょーしんぱいしたー。やばいー。かいちょーだいじょうぶー?大丈夫じゃないでしょー?ほらー、風紀委員室にいって、牧瀬に慰めてもらってぇ?」
どうやっていいように捉えようとしても、適当にしか聞こえない答えに、レイルが何度も頷く。
「本当、心配しました。というわけで、風紀委員室に」
「どうしても追い出したいわけか」
アオがポツリと漏らした言葉を書記のマコトが鼻で笑った。
「とっとと行け」
アオは不思議そうな顔をして、一度首を傾げた。
「おまえら、冷たくねぇか」
「このくっそ忙しいときに、誘拐されかけやがってー。自分の仕事だけはしっかり終わらせやがってー。仕事ないからさっさと帰れー。それか風紀委員室にでもいって、風紀の仕事邪魔してきやがれーとかぜんぜん思ってないよぅ」
しばらくの沈黙後、アオもレイルのように何度か頷いて、生徒会室を見渡した。
いつもと変わりない。
「わかった。おまえらの言い分はわかった。で?何を隠したいんだ?」
そう、変わりがなさ過ぎた。
立て込んだ仕事も、急を要する仕事もない。
アオが忙殺されてタスクに八つ当たりしに行く必要もなければ、誰よりもすばやくアオに答えるレイルが言葉を失うこともない。
「何を言って」
「ジンゴ、フォローが早すぎる。マコト、鼻でしか笑わない。カンジ、そもそも忙しくない。レイルは自分でも解ってるな?」
生徒会役員の犯した失態を指摘した後、アオは楽しそうに唇を曲げる。
「俺の勘違いじゃなけりゃ、まぁ……華美なのは家でやっから、ここではこじんまりとしたのがいいわ。騒ぎたいなら、盛大にやっていい。ただし、学生らしい徴収できる予算内でな」
アオはそう言うと、ご機嫌な様子で生徒会室を出て行った。
アオが入ってきたときとは違い、生徒会室の扉までも、生徒会長のご機嫌を表すように軽やかな音を立てて閉まった。
「……ばれちゃった」
「あの人にはサプライズになりませんねぇ」
生徒会長誕生日の予算案に大幅な修正を加えながら、レイルは、それでも嬉しそうに笑う。
「それでも好きにさせてくれて、気がつかないふりしてくれるんだろ?さすが会長様だな」
「かいちょーご機嫌ちゃんだったねぇ」
会計と副会長、三人が満足そうに頷いた。
生徒会役員は漏れなく、生徒会長が好きで、生徒会長びいきなところがある。生徒会長がご機嫌ならば、つられてご機嫌になってしまうときもあるほどだ。
しかし、このときは、一人、会長の言ったことの重大性に気がついた男がいた。
「……誘拐されかけたっていっていたが」
慌てていたため流してしまった話題であったが、本来ならばもう少し、驚いたり衝撃を受けたりするべきことである。
だが、サプライズの誕生日パーティーなるイベントがばれたことと、アオのあまりの普通さに思わず何でもないことのように思ってしまっていた。
「え、あ、どうしましょう」
「……んー、でも、風紀委員室行っただろうし、大丈夫、かなぁ……?」
その後、風紀委員室に行ったアオがご機嫌のあまり、忍者のような動きをしたり、タスクに緊迫感の欠片もなく絡んだということを聞き、四人は安堵したのであった。



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