「ついにこの日がやってきたか……」
生徒会室の扉を開いたときから、タスクは後悔をしていた。
扉を開くと、正面に見える生徒会長机の前に座る人物が、今にも高笑いしそうな、楽しそうな顔でタスクを見たからだ。
「ようこそ、生徒会し」
扉をそっと閉め、タスクは首を何度か振って頭を掻いたあと、もう一度扉を開く。
「めんそーれー、生」
再び、今度は荒々しく扉を閉めると、タスクは扉から離れ、寮へ帰ろうと思った。
けれど、タスクが寮へ帰るまえに、扉は再び開かれた。
「……入らねぇの?」
「……帰りてぇ」
「帰るなよ。ミナミダクンから『今日からタスクが会長の身の回りうろちょろするからね!会長、これはチャンスだよ!』って言われてるから、据え膳はちゃんと頂かねぇと」
タスクはもう一度呟く。
「帰りてぇ……」
膳の上に乗った覚えもなければ、何かのチャンスになった覚えもない。
タスクからすれば、甚だ不運な出来事でしかないのにも関わらず、タダシやアオからすれば、それは楽しい出来事だった。
タダシからは茶化すことを楽しまれ、アオからは解っていながら壮大な勘違いを起こしたように振舞われて楽しまれる。
いったい何処で疫病神に見舞われてしまったのだろう。
タスクは思わずにはいられない。
「まぁまぁ、帰らないでやってくださいよ。楽しみにしてたんですよ。ねーアオ」
副会長のレイルまでもアオの後ろからひょっこりと姿を現し、首を傾げた。
「ねーレイ」
そのレイルに合わせるように、首を傾げるアオのあまりの可愛らしさの欠如に、タスクが片方の眉を跳ね上げる。
「器用だな、牧瀬」
タスクは自然と舌打ちまで響かせた。
「罵詈雑言の用意も間にあわねぇ」
もしもここにクラヒトが居たのなら、あら、過激ねといって笑ったことだろう。
タスクという存在にそれほど慣れていないレイルは、息を飲んで生徒会長の影に隠れた。
だが、タスクの舌打ちを真正面から受けた会長は、クラヒトとは別種の笑みを浮かべる。
「俺は喧嘩は買うぞ。口喧嘩でもな」
「売ってねぇよ」
「なんだつまらん」
アオと喧嘩をするということは、しつこく追い回され、土下座してもボコボコにされるまで終わらないということだ。全学園生徒がよく知っている事実である。
風紀委員長という仕事をしていたタスクは、それを嫌というほど実感していたため、けしてそんな愚かなことをしようとは思わなかった。
「というか、喧嘩するより此処ではとてもいいにくいことをしたほうがいいな」
「……おい、風紀委員の目の前で風紀を乱すようなことを言うな」
「何を今更。大体、喧嘩とかは黙殺じゃねぇか。ちょっと気持ちいいことくらいいいじゃねぇか。それとも、喧嘩ノーカンで、ギシアンはカウントとか童貞か?」
タスクは、残念なものを見た気分になりながら、ため息を堪える。
「喧嘩は俺が止めたって説得力ねぇから、ねじ伏せることにしてんだよ。あと、ギシギシもきかなけりゃアンアンもいわねぇだろ」
「ああ、そうだな。ギシギシいうようなベッド使ってねぇとは思うけど、聞こえねぇし、アンアンはいわねぇわ」
そこにきてレイルがアオの影から、そろそろと顔を出し、また首を傾げた。今度は同意を求めるためではない。
「……アオと牧瀬の話を聞いている限りでは、そういった事実があるみたいに聞こえるんですけど。牧瀬はまだしも、アオに」
「事実も何も、据え膳はちゃんと食われるもんだぞ?」
レイルがアオの顔を見た後、タスクの顔を見て、目を白黒させ始めたあたりで、タスクが堪えていたため息を落とした。
「宗崎、もう一度、襲われたときの話を聞かせてもらおうか」
タスクがそんなことを言ってその話題から離れてしまったので、レイルは数時間、頭を悩ますこととなった。