タスクがアオを羨ましいと思うのは、楽しそうであることもそうだし、注目を集めても平気な顔が出来るところだ。
アオに手を振られたおかげで、タスクは多くの視線を受けることになった。
多くの視線は、アオが手を振る先への興味を乗せている。その視線は少し居心地が悪いものの、嫌だと思うほどのものではない。
嫉妬が滲んだ視線、少ししかないそれがタスクの気分を損ねる。
「おやぁ……珍しい人がいるよぉ」
そのどちらの視線とも違う感情が色濃く出た声を聞いた瞬間に、タスクは内心で舌打ちした。
アオの誕生パーティーは、資産家の子息も参加している。当然、学園に在籍している生徒も、在籍していた生徒も参加していた。
参加している人間の中に、タスクがもっとも苦手としている人間が混じっていても普通のことだ。
学年が変わってからというものあまり見なかったので、タスクは油断していた。
アオも得意ではない人物だったので、このパーティーに、参加していると思っていなかったのだ。
「ふふっ、久しぶりだねぇ、牧瀬風紀委員長。あ、元だっけぇ?ボクはやめて欲しくなかったんだけどぉ」
月日が経って酷くなった喉に絡むような甘さの残る声に、それに似合いの甘い顔。言葉を紡ぐ唇は、歪むたびに毒のような色気を零すといわれていた。
誰もが美しい、綺麗という言葉を使って表現しようとはしなかった元会計の椋原(むくはら)は、パーティーでもその姿を変えない。
「あ、まただんまりなのかなぁ……先輩は寂しいなぁ。寂しぃなぁ」
会話が一方的であっても楽しいのか、椋原の笑みは途絶えなかった。
「……お久しぶりです。お元気そうで」
何度も寂しいと言って話すことを強要してくる椋原に、タスクは嫌々口を開く。アオのように敬愛する先輩と話をする風に装うことは出来なかった。
「うん、嫌々で、すっごく潔いねぇ。舌打ちとかしたかったでしょぉ?残念でしたぁー、先輩でしたぁ」
今すぐ殴って黙らせたい衝動を抑える。これがタダシの所業であったのなら、タスクも我慢などしなかった。だが、仮にも学園の先輩で本物の根性が捻じ曲がった人間に、うかつなことはできない。
握りこぶしをつくり、我慢をしたタスクは賢明だ。
「すぐ手が出ない辺り、会長とは違うねぇ。でもぉ、会長も頬を引っ張るとかその程度でぇ、すっごくかわいかったぁ」
タスクは心の中で激しくアオを褒め称えた。生徒会という必ず椋原と会わなければならない環境にいて、頬を引っ張るだけに留めたアオの忍耐は計り知れない。その忍耐力を他に使えないのも、恐らく椋原に使い切ってしまったからに違いないのだ。
そう思うくらい、タスクは椋原が苦手であった。
「まぁ、挨拶はこれくらいにしてぇ」
まだ話すのか。思わず声を上げそうになって、タスクは頬を噛む。
「会長、誘拐されそぉになったってぇ?こわいねぇ」
「……そうですね」
その誘拐未遂事件によって、アオのボディーガードのようなものになったタスクは、苦いものを飲み込んだ顔をした。
誘拐未遂事件が起こること自体、いいことではない。
それが解決もしていなかった。
いくらアオが何事もない様子でも、無視をしていいわけでもない。
特に風紀委員会という学園の特殊な団体に所属しており、かつ、元とはいえ長を務めた人間がその事実に目を背けることは出来ないのだ。
「ボクはぁ、ストッパーもほしかったけどォ、そういうことがないよぉに、風紀委員会とか作ったと思ってたわけでぇ」
不健康な白さがある椋原の指がタスクの腰の辺りを指す。今はなく、すでに後輩に渡してしまったウォレットチェーンがあった場所だ。
「なんていうかぁ、すごぉくざぁんねん」
タスクが言葉を選んで黙っていると、タスクよりも口が回る男が音もなく椋原の背後に立った。
タイミングよくヒロインを助けにくるヒーローのようだ。椋原と話して疲れたタスクの精神は、男を少しだけ輝かせてみせた。
「俺も、先輩が後輩を苛めているのを見て、すごく残念な気分です」
椋原のものとは違い、長く節の目立つ指が椋原の頬を引っ張る。
その姿は少し腹をたてているようにも見えた。
「いひゃぁい」
「痛いじゃありません。牧瀬が風紀委員長辞めたのは俺も飛び蹴りしたくらいですが、それを先輩がどうこういう権利はありません。貴方も元生徒会なんだから」
アオがどうこう言う問題でもないだろう。
タスクはそう思ったが、口にしなかった。
「うひ」
「笑っても誤魔化されません。後輩いじめ楽しぃとか思ってたんですよね」
アオのした声真似が似ていないなりに気持ちが悪く、タスクは真剣な顔をしていることが難しくなり、視線を落とした。
眉根に寄った皺の数だけ、タスクの忍耐という壁は崩れていた。
「らってぇ、ひさひぶりなんだもぉん」
「腹立たしいんで、もう片方も引っ張っていいですか」
「ごめんなはぁい」
ようやく頬から手を離したアオは、やはり、少し不機嫌だ。
「でもぉ、風紀のことはぁ、不甲斐ないなぁと思ってるの、本当だからぁ。その辺りぃ、よく考えといてねぇ、た、す、く、くんっ」
バチンという音がしそうな勢いで、ウィンクをして椋原という嵐は足取りも軽く、華麗に去っていった。
アオは手を開いたり閉じたりしながら辺りを見渡し、悔しそうに足踏みする。
「クソッ、塩ねぇの、塩!」
塩を撒いておきたい気持ちは同じであったが、給仕の盆にのっていたカクテルでは代わりにならない。
椋原の対峙で疲れていたタスクは、ソルティドックの塩をとって撒こうとしているアオを止めることができなかった。



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