背も高く、体格のいい二人が向かいあって座っても、その部屋は広く見える。
生徒の精神的なケアに使うことが多いそこは、窓も広くとられ、観葉植物も置かれていた。
その部屋の三人掛けのソファに座り、タスクが口を開く前にアオが口を開く。
「騒ぎにしないでもらいてぇんだけど」
風紀委員室に華麗に入ってきて、天気の話でもするように誘拐されかけたと笑っていたアオが言うと気の利いた冗談のようだ。
「理由は?」
「これでも良家の子息だ。放任だが、流石に誘拐となると、騒がしくなっちまう」
三人掛けのソファにアオが悠々と座る。ソファはまるで、それが当たり前かのような姿をしているし、アオもまたそれが当たり前のようだ。
襲われたように見えない、偉そうな態度である。しかし、それを許されるだけの何かがアオにはあった。
「生徒会、風紀には、誘拐未遂は一応報告した。あとは、話を通すだけだ」
タスクは眠気が戻ってきたような顔をして、ソファに背を預ける。
「そういうのは、委員長にやれよ」
「今いねぇし」
アオの目だけがゆるりと動き、タスクを捉えた。その視線に気付いていながらも、タスクはアオを見ようとしない。この部屋にアオと二人きりで話をすることになった時点で、タスクは諦めのようなものを抱いていた。
「それに、牧瀬に通せば完璧だろ」
「今の俺は大層なことはできねぇよ」
「どうだか」
今の風紀委員会の長は、間違いなく亘理平介だ。しかし、ヘイスケが頼りにするのも、学園の理事長と話をつけるのも、牧瀬佑他ならない。
「てめぇが辞めるって聞いたとき、風紀委員長はてめぇじゃねぇと駄目だと思ったが、そういうことじゃねぇんだな」
「……亘理で間違いねぇだろ」
「そうだな。表立って吠えるのは亘理で充分だし、このまま風紀委員会を存続させるなら、亘理を抜擢するのは間違えじゃねぇな」
風紀委員会は常設の委員会ではない。
本来ならば、生徒会だけでは手が回らないと判断されたときに出来る委員会だ。
しかし、今期は理事長が面白くなるという理由だけで設置した委員会である。誰が風紀委員長でも問題はない。
それでも、理事長は牧瀬佑を風紀委員長に指定した。断られても、ボイコットされても、その意見を変えることはなかった。
アオに何かがあるように、それだけのものがタスクにはあるのだ。
「そういう意味じゃねぇ」
眠たくはないのだろう。気だるそうな声は、否定をするのも肯定をするのも面倒だと言いたげである。
アオは鼻で笑い、足を組む。
「てめぇがそうじゃなくとも、他がそういうならそうなんだよ」
漸くアオを睨みつけたタスクの声色は、なおも腰を上げたくない重たさが篭もる。
「ねぇよ」
言葉さえ惜しまれていた。
「そういうことにして置くか。俺は、騒ぎにならなければ今はそれでいい」
タスクの眉間に出来ていく谷に、アオは口元を緩め、足を組むのを止める。両足を床につけ、前方に乗り出した。そして机に手をつき、もう片方の手をタスクの眉間にのばす。
「なぁ、駄目か。牧瀬」
眉と眉の間をアオの指が伸ばした。人差し指と中指が無遠慮に皺を伸ばすたびに、皺が抵抗してくるため、次第にアオの指に力が入る。
「……人の顔で遊びながら、強請るな」
「じゃあ、少し、本気で強請ろうか」
眉間から瞼を辿り、ついでのように親指が目の下を撫でた。
頬に軽く触れた後、顎を擦り、喉へとたどり着く。喉仏の感触を楽しみ、首の後ろへ回ると、そのまま素肌を伝う。
「そういう強請り方は他所でやれ」
「牧瀬以外にしろってのか?冗談じゃねぇ」
アオを睨みつけていたはずの目は、すっかり呆れの色を映し、天井辺りを見ていた。
「とにかく、ああいう騒がしさは好かねぇ」
アオは更に身を乗り出し、タスクの視界に入るために、肌を撫でていた手を後頭部へと持っていく。
その手は、タスクの頭を動かした。
「な、いいだろ」
「俺が頷かなくても、そうするんだろ」
眉間に溜まった皺が元に戻らず、渋い顔をするタスクとは正反対に、アオは上機嫌だ。
「出来たら、頷いてもらいてぇけどな」
ここ最近で一番機嫌のよさそうで生き生きとした顔のアオと、近頃見たこともないような不機嫌な顔のタスクが無言で見つめあい、しばらくすると、ちゅっという業とらしいほどのリップ音が部屋に響く。
再び、生徒会長は風紀委員からチョップをされることとなった。
「地味に痛い」
「痛くしているから当たり前だ」