風紀委員の二人がぐったりとソファにもたれかかっていると、不意に玄関口から呼び出し音が鳴った。
「タスク、クラヒトとか呼んだー?」
「お前こそ、亘理パシッた?」
「やだなぁ。お使いといってよ。今日は使ってないけど」
タスクもタダシにも思い当たるところがなく、タスクは首を捻り、タダシは首を振る。タスクとタダシの部屋に誰かを呼ばなければ、人が訪ねてこないというわけではない。しかし、それは稀なことだ。
タダシは突然来訪されても居ないことが多いため、部屋に来る場合は連絡を入れてもらうことにしていたし、タスクも突然部屋に訪ねて来られることを歓迎していない。
だから、こうして二人のあずかり知らぬ呼び出し音が鳴るということは、厄介ごとが舞い込んできたという知らせである可能性が高かった。
「……タダシ」
「ヤダ。タスクン行って来て」
「面倒」
「俺だって面倒だって。じゃあ、ジャンケン」
「パー出すからグー出せよ」
「やだー理不尽ー」
そして二人は、視線を交え、無言で手を出す。
最初は二人ともチョキだ。軽く手を振り、二人はもう一度チョキをだした。無言の勝負はしばらく続いた。二人はやる気を見せず、ゆっくりと手の形を変え続ける。
その間、インターホンは二回鳴った。
「え、タスク、なんでそこでパーなの?パーだから?」
勝負が、タスクの最初に言ったとおりになってしまったのだ。片方の拳を握ったまま、悔し紛れに自らの頭の上でもう片方の掌を広げるタダシをチラリと見た後、タスクが鼻で笑った。
「今のお前の格好のほうが、それっぽいが」
「ワーヤナ感じー。イイヨーイイヨー、来客者に言いつけちゃうもんねー」
子供のようなことをいいながら、やっと玄関に客を迎えに行ったタダシを見送り、タスクが机の上に置いてあった携帯を手に取る。
なんの連絡もないなと確認していると、タダシが来客者を連れて戻ってきた。
「よぉ、遊びに来たぞ」
正しくは、来客者である生徒会長のアオを先頭に、風紀委員長のヘイスケと部屋の主であるタダシが付いてきたような形である。
タスクは説明を求めるべく、事情を知っていそうなヘイスケに視線を向けた。しかし、ヘイスケは先ほどから罰悪そうな様子でどこか遠くを見るばかりで答えてくれそうもない。
タスクは、しかたなく、タダシに声をかけることにした。
「タダシ、何がどうした」
「え、それ、俺に聞いちゃうの?ってか、それ、会長に聞くべきとこじゃないの?」
「そいつに聞いても、厄介事に巻き込まれたとか平気で言うだろうが」
タダシが納得がいったように頷くと、あえて避けられたアオが唇をわざとらしく尖らせる。
「遊びに来たと言っているだろう」
「……遊びに来てやったといいながら、殴りかかってきたことのある奴の遊びが、どうも俺には健全に思えない上に、遊びのような気がしねぇんだけど」
タスクが言うアオの『遊びに来てやった』というのは、タスクが風紀委員長になって風紀委員室が整った頃のことだ。アオはタスクの言うとおり、風紀委員室に殴りこみに来た。
タスクはアオの拳をしばらく避けた後、見事アオから逃走し、タダシに会長はやっぱり怖い人だと印象付けたのだ。そのときアオは、この学園のヒエラルキーの頂点に君臨するに相応しい、色々な意味で王者だという認識も風紀委員会内に広めた。
故に、タスクがアオをこうして避けるのは風紀委員会に属している人間にとって日常的なことだ。
しかしながらタスクがどう避けようと、アオから逃げられる貴重な人間はタスクくらいしか居ない。そうなると、どうしてもタスクがアオに対応しなければならなかった。
だからアオが巻き込まれる何らかの事件や、アオ自体が面白がって遊びに来ているとき、風紀委員会はタスクを生贄として差し出すことで平穏を保ってきたのだ。
それは、風紀委員室でなくても変わりなかった。
「いいじゃねぇか。スリルがあって」
アオに絡まれるタスクを、風紀の二人は助けようとしない。タスクは、絶望的なこの状況でどうやってアオの持ち込む厄介ごとを避けるかについて考える。どんなに思考を素早く回転させていても、アオへの対応はなれたもので、タスクの口は勝手に拒否をしてくれた。
「ねぇほうが嬉しい」
タスクに話を聞いてもらうつもりであるアオを、どうにかしようとタスクは否定的な言葉を更に重ねることに決めた。しかし、アオの話は思わぬ方向へと転がる。
「そのドキドキが、恋のドキドキだと錯覚してだな……」
「話を聞こうか」
このままでは、どうしようもない妄想で恋人にされかねない。
タスクは危機感を覚えて、アオの言葉を遮る。
「会長の全力なポジティブ説得好きなんだけどなー」
「俺も嫌いじゃねぇすけど、後でゲンコ落とされますよ」
後ほど、タスクはアオの影で小声で話し合う二人の望みどおり振舞うのも忘れなかった。