「誕生会行きたかったんだよねー……」
机の上にのったキーボードを画面に立てかけてまで机に突っ伏した同輩に、タダシは目を細めた。
「自粛したのはけーたくんでしょ?」
両手で器用にペンを回すタダシを横目で見た後、井浪慶太は顔をゆっくりと上げる。立てかけてあるキーボードを元に戻し、パソコンの画面を睨みつけた。
少し前のことだ。尊敬しているのか、それ以上の感情で見ているのか、過多なファン心理で会長である宗崎吾雄を、ケイタは襲った。
それは二度目のことで、本来なら二度もあってはならないことである。
二度ともケイタは追い込まれた気分でことに及んだ。一度目のきっかけは良く思い出せない。二度目もはっきりと何がとは言い切れなかった。ただ、ケイタは焦っていたのだ。
それと同時に、チャンスだとも思っていた。
「そうだけどね。行きたかったんだよねー、ほんと、行きたかったんだよねー!」
一度目はハッキングの仕方を知り、二度目はハッキングのソフトを貰ったからだ。
それを使えば、生徒会室など丸裸だと冗談めかして言われ、ケイタは迷いながらも使った。
こんなことをして、学園から追い出されてしまうのではないだろうかと、恐れていたのだ。アオにどう思われるかということは、気にならなかった。最初から目にも入れてもらえていないのだから、嫌われてこちらを見る分まだましだとさえ思えたのだ。
ケイタは接点が欲しかったわけではない。
アオの姿をより多く手元に残したかっただけなのだ。
しかしそれは、盗撮したり襲ったりしてまでやることではなかった。解っていながら、それでも覚悟してやったことだ。
それ故、こうして学園に残れていることには感謝こそすれ、文句など言いようがない。
だが、ケイタは文句を言いたかった。
「それは俺に対するあてつけか?」
ポツリと何かに心当たりのあるタスクが、風紀委員室の特等席で呟く。それをかき消すように、もう一度ケイタは声を上げた。
「あー、ほんと、行きたかったー!」
宗崎吾雄を知り、どこにその気持ちを置いたものかわからないくらい、そう、崇拝といっていいくらいの気持ちで見ている人間からすれば、牧瀬佑は贅沢なのだ。アオ本人から誕生会に招待されておきながら、それを蹴る。もはや冒涜だ。
タスクは最初から、アオの誕生会に参加することに乗り気ではなかった。そこからすでに、ケイタにとって信じられないであるにも関わらず、そのまま一応参加を決めたというのに、それをサボったのだ。
「まぁ、そう言わず」
どこに芯を捨てたか解らない柔らかく軽い笑みを溢れさせたのは、昔はケイタと同じくらい地味だったタダシだった。タダシは回していたペンをついに両手で投げ、ペンスタンドに入れる。まるで昔とは違う様子だ。タダシの一連の動作は曲芸の域に達しているのではないかと思いながら、ケイタは唇を尖らせる。
「会長ファンからしたら、罰当たりなんだよ、あの野郎」
「そだねー、タスクンのファンからしたら、会長こそ傲岸不遜で最悪なんだろけどね」
「え、そんなものいるんですか」
「いるよー。地味でひっそりこっそり、好きで好きで思いつめちゃったりするのか、兄貴カッコいいの漢惚れ。地味でひっそりは大抵、タスクが助けた生徒なんだけどねぇ」
パソコンの画面からキーボードに視線を落とし、内心、ほんの少しだけケイタはなるほどと思った。ケイタが学園にいられるのは、事件を内々に済ませ、風紀委員会にいれたタスクのおかげだ。
生徒会長のファンとしての顔では、非難轟々ではあるものの、ケイタは会長のファンというだけの人間ではない。たとえ生活の中心に会長ファンとしての顔があったとしても、すべてをそれで構成していなかった。
その、他の要素の中、ほんの少しがタスクに感謝し、認めている。ほんの少しの中でも一寸程度、敬ってもいた。
どんなにタスクに嫌な顔をしても、ケイタの大半が否定したがるほんの少しは、いつも頑固にタスクのことギリギリで持ち上げる。
口からは悪態や嫉妬しか零さないものの、何より、誰より、そのほんの少しがタスクのしてきたことを知っていた。
「そんなわけで、つい先日、タスクのファンが会長を襲ったので、タスクは引き続き会長のボディーガードだけど、許してやってね、けーたくん」
「ハァ?ちょ、なんて迷惑!」
「あは、そうだよね。でも、ちょっと好都合かも」
いつも陽気で愉快なタダシが少しトーンを落として流すように何か言う。それをケイタは理解できず、聞き返した。
「え?」
「うん?」
タダシを見ても、タダシはいつも通り頭の悪そうで子供落書きの花でも背負っていそうな顔をして首をかしげているだけだ。ケイタは再びパソコンに視線を戻し、頭を振った。
きっとなんてことのないことを言ったのだ。そう思いなおした。
「さってー、タスクン、そろそろ会長んとこ行こう?俺もついて行ってあげるから」
「いらん」
「そう遠慮せず」
「いらん」
「まぁまぁ」
そして、だんだん遠くなっていくタダシの声と、面倒くさそうな声を聞き、ケイタは確信する。さっき言った事は気のせいだ。