生徒会長の誕生会


講堂内に入ると、生徒達が待ち構えたようにアオに次から次へと祝いの言葉を投げかけた。楽しそうで、嬉しそうな声は、しばらくアオを取り囲み、離してくれず、アオは笑みを浮かべてありがとうと言うばかりだ。
その中に、タスクがいないことを知っていながら確認し、その笑みを苦いものに変える。ある程度親しいのならば楽しいものは共有したいものだ。いるわけがない、先程別れたばかりだと解っていても探してしまう。
そうしているうちにアオはその中に、副会長のレイルと元会計の椋原が話している姿を見つけてしまった。レイルも面倒な先輩に捕まっている。アオは椋原に気付かれないうちにと背を向けた。しかし、椋原もレイルもアオを逃しはしない。
「あ、いたいたぁ、おめでとぉ、会長」
アオに向かって音もなく歩いてきた椋原の後ろで、レイルが貴方だけ逃したりはしませんよと表情で語っていた。アオやタスク同様、レイルも椋原という先輩を苦手としている。そのため、絡まれたときは少しでも誰かを巻き込もうと動くのだ。
「……ありがとうございます」
「うはぁ、嬉しそうになぁい。わっかりやすぅ」
後輩の嫌がる顔が三度の飯より好きだと言い張る椋原は、会の主役が嫌そうな顔を微妙に隠したところで喜ぶだけである。
「やろうと思えば完璧に隠せるくせにぃ。ちょっと甘いよねぇ。そこも好きだよぉ、後輩チャン」
早めに椋原との会話を切り上げようと、追い払う口実を探していると、椋原はキョロキョロとあたりを見渡し始めた。
「ねぇ、ボディーガードはどうしたのぉ?パーティーでも一緒だったのに、ここではいないの?それともトイレとか?」
椋原はタスクを探していたのだ。椋原の言うとおり、ボディーガードをしていたタスクはここにはいない。講堂に着く前に誘拐犯と思しき人間を連れて保健室に行った。
「サボリです」
「サボリかぁ……それは、いささか、責任感にかけるんじゃなぁい?」
サボリということにしたのは、アオがわがままを言ったからだ。サボリということにしてくれたタスクのことや、わがままを通すことにした自らの決断からアオは沈黙した。
「やっぱりさぁ、牧瀬元委員長はそれなりの場所に繋いでおいて実感させておかないとじゃなぁい?」
首を傾げる様は、他人に悪魔のようだと言われる。今の椋原は、アオにとって悪魔よりも性質が悪い。
責められるべきはわがままを言ったアオだ。しかし、強制力の低いそれを通したということは、タスクの責任でもあった。
それでも、アオは口を開く。
「牧瀬を繋いでおくとは、また傲慢な物言いですね」
一瞬、その場の空気が張り詰めた。
それは、本当に一瞬のことで、椋原が気の抜けた笑みを顔に浮かべたことで緩んだ。
「結構いい案だとぉ、思うよぉ?今でも風紀を裏から牛耳ってるようなものじゃなぁい。井浪くんだっけぇ?あの子を風紀に入れたのだって、元委員長だっていうじゃぁない」
「よく知ってますね」
椋原が笑うのならば、また後輩を苛めて楽しんでいるだけなのだろう。アオは右手が上がりそうになるのを堪え、適当な答えを返した。
「ふふ。そりゃあねぇ、元生徒会だものぉ。後輩も生徒会にたくさんいるからね、ね、会長」
「そうですね、どう思われていても先輩は先輩ですね」
「そういう遠慮がないところもぉ、先輩後輩だからだと思っておくよぉ」
近くのテーブルの上に置いてあった紙コップを片手に持つと、椋原はアオにそれを傾ける。
「ま、今日はぁおめでたい席だからぁ、これくらいでぇ。一応でも呼んで貰えて嬉しかったよぉ」
「そうですか」
厄介な先輩がいなくなることに零れそうになる笑みを耐え、アオはやはり気のない適当な返事をした。
「それじゃあ、またね」
紙コップを振って、アオに背を向け、優雅に去っていく先輩の背中を見つめ、アオは呟く。
「どうしてあの人を連れてくる……」
「自分だけが被害を食らうのが癪で」
「お前もいい性格してるよ。昔は捕捉される前に逃げてただろう、お前も」
アオと椋原が会話をしている間、他の生徒と話したり、食べ物を食べているふりをして一切、二人の会話に入ってこなかったレイルが、わざとため息をついた。
「そうなんですよ。誰かと話していたので、気付かれてないだろうと思ったら、ちょうど話が終わったのか、駆けつけられまして」
つまり、レイルは油断をしていて椋原から逃げ遅れたのだ。
「あの人、センサーでもついてるんですかねぇ。アオを見つけるのも早かったんですよ」
「いらねぇもん搭載してんじゃねぇよ」
普段はタスクが味わっているだろう、なんとも言いがたい気分を味わいながら、アオは再び、視線を会場に走らせた。
人、人、人……中等部の生徒はいないにしても、高等部の生徒ほとんどがこの場に集まり騒いでいる。
そこにはやはり、タスクはいない。
まだ視界の端に居る他の生徒に引き止められたのだろう椋原から視線を逸らし、アオはレイルに笑って見せた。
「……まぁ、これ、サンキュ」
「誕生日を口実に騒ぎたいだけかもしれませんよ」
タスクはいない。厄介な先輩はいる。しかし、この場があること、居られることがアオは嬉しかった。
「でも、サンキューな」
「いえ、こちらこそ」
居ない人間のことを考えてしまうものの、わがままの先にこれがあるのなら、通してよかったとアオはそう思ったのだ。



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