風紀委員の回想


アオがタスクのファンに襲われたという話を聞いたのは、招かれざる客のような顔をしてアオがタスクとタダシの部屋に尋ねてきたときのことだった。アオは遊びに来たついでのように襲われたのだと言い放ったのだ。
ああ、またこの男はとその場にいるアオ以外の三人は思った。しかし、誰一人それを口に出すことはない。言ったところでアオのスペックに修正がかかるわけではないように、ある意味明るさが突き抜けたような性格が直されるわけでもないのからだ。
そして、引き続きタスクがボディーガードの真似事をしなければならないのも変わらない。他の風紀委員ではアオの足手まといになってしまうかもしれないし、アオにおいていかれることもある。何より他の風紀委員がアオに関わりたがらず、暴走したアオを止めることが出来るのはタスクしかおらず、さらにはアオ自身がタスクを希望してやまない。
そうなると、どうしてもタスクにボディーガードの真似事をする役目が回ってきてしまうのだ。
「俺はお前のために風紀やってんじゃねぇぞ」
タスクは喉の渇きを癒すため、アオと共に学園にある自販機の一つに向かって歩いていた。
「そうなのか?」
風紀委員長を押し付けてきたのは理事長であったが、風紀委員会を立ち上げることになったのはアオの事件があったからである。タスクは風紀委員会を立ち上げてから今までを振り返り、首を捻った。
「おかしい……お前のために風紀やってるみたいになってやがる……」
風紀委員会を立ち上げてから、風紀は生徒会に代わり学園で起こる様々な問題に首を突っ込んだ。人数が少ないうちは、会長の暴走を止めるのも、素行不良の生徒を会長の暴走から救い出してやるのも、会長の周りで起こる事件も、その他事件の被害者を慰めるのもタスクの仕事であった。被害者を慰めるのはタダシやタスクよりもクラヒトがよくしていたが、それでも、怯えてタスクから離れない生徒にはタスクが慣れないケアをしていたのだ。
そうこうしているうちに風紀の実働隊ができ、風紀委員自体の人数も増え、タスクの仕事は減った。
しかし、どんなにタスクの仕事が減っても、生徒会長関連のものは、自然とタスクに回されていたし、現在もそうだ。アオを止めることができるのはタスクしか居ないということもあったが、何より、風紀委員たちはアオとタスクをセットのように思っている。それほど二人は一緒にいる時間が多い。タスクはアオを止めているうちに、アオと会う回数が増え、そういった事件がなくとも友人として一緒に入ることが多くなっていたのだ。
「だろ?俺も今思い返しても、会う風紀会う風紀、全部てめぇだぞ。俺はもしかして、サブリミナル効果とかで牧瀬を好きになったのかと思うくらい、思い出の中でチラチラするからな、牧瀬」
こうしてアオに言われてみると、タスクの思い出の中でもまるでサブリミナル効果を期待するかのように、チラチラとアオの姿が見えるようだった。
「うわ、いらねぇ……」
ようやくたどり着いた自販機を前に、タスクは吐き捨てる。
「なんだ、こんな男前のサブリミナル効果がいらねぇとは」
本気かそうでないのかわからないアオの発言に、ため息すらつかずにタスクは疲れた声を上げた。
「俺の緩やかな人生がアクシデントだらけの遊園地になるようなサブリミナルだな」
「ああ、それなら、吊り橋効果も期待できそうだな。それともストックホルム症候群か。なんでもいい。好きになってもらえるなら俺はそれを推奨する」
何故こうも厄介な男に好かれてしまったのだろう。
思い出の中のチラチラとよぎる生徒会長は、途中まで楽しそうにタスクの気分を害する笑みを浮かべるだけで好意がただの好戦である生物だった。
チラリとタスクが隣を見ると、アオが楽しそうに笑っている。それは、けして気分が悪くなるものではない。諦めに似た感情で、タスクに仕方ないと思わせるものだ。
タスクは自販機に向かい合い、小銭を入れた後、ふと、思い出す。二度目に会ったときは、アオに巻き込まれていたが、悪い気分ではなかった。
今と同じように、自販機で飲み物を買おうとしていたところで、犯人のおぼろげな姿が自動販売機に映っていたのだ。
タスクはなんとなく、自販機が反射する光が見やすいように身体を動かす。
「何やってんだ?ちょっと怪しいぞ」
「お前よくこんなおぼろげな景色の中に井浪見つけたよな」
「はぁ?なんの話だよ」
タスクはどうやら、思い出の中に浸りすぎていたらしい。アオが、近くでタスクを不審げな顔で見た。
「いや、なんでもない」
自販機のボタンを押すと、程なくして飲み物が落ちる。タスクは屈んで飲み物を取ろうとして、自販機に何かが映った気がして、急に後ろを振り返った。
「……牧瀬?」
昔のようにどこかにタスクとアオを睨みつけている人物など一人も居ない。
「気のせいだ」
「さっきからなんなんだ?」
タスクは再び自販機と向き合うと、漸く飲み物を取り出し、覇気のない顔でアオを見つめた。
「お前の野生の直感はどうしてこういうとき働かねぇんだ」
アオはよく副会長のレイルから野生だと言われている。それは、他人が気付かないような直感的なことや、明らかに街中で暮らす人間とは思えない運動神経からだ。
その野生的なところを他人から、本人から聞いては、タスクはそれさえ自分自身の前で働いていればことは簡単におさまるのではないかと思ってしまう。
「それは、牧瀬といるからだろ」
「ハァ?」
「あ、え、いや、なんでも」
アオが慌ててタスクから少し離れた。
タスクといるときはタスクにばかり気を取られていると言うのは悔しい上に、気恥ずかしかったからだ。



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