生徒会長と風紀委員の共同作業


トイレの入り口であり、出口であった。
アオがタスクと離れた少しの間の出来事である。
怪しげな男に、アオは襲われた。
「ハニー、怪しい人間を捕まえた」
携帯越しに面倒くさそうに、返事と名前を呟いたタスクにアオは軽く陽気に言う。タスクは驚きもせず、面倒くさそうに解ったと返したあと通話を切った。
トイレから生徒会室に戻るまでの間のことだ。生徒会室のある階には、生徒会室と会議室が二つくらいしかない。その会議室とて、ひとつは常設だった頃の風紀委員会が使っていた元風紀委員会室で、もうひとつはその風紀委員会と生徒会が集まるための会議室だった。今では、生徒会の用でしか使っていない部屋だ。
生徒の出入りは禁止されていないが、何かしらの招集がなければ生徒会役員以外の人間がいると違和感がある。そのため、生徒会役員以外をあまりみかけることのない場所だった。
その上、トイレは生徒会室から数歩の距離だ。トイレに行く前、護衛としてアオの傍にいるタスクが見送ってくれて何分とたったのだと尋ねたいほど近くにあった。
「白昼堂々やってくれやがる」
トイレにすぐさまやって来たタスクが舌打ちをしたほど、アオをこの場所で襲うというのは大胆な行為だ。
「だなぁ……トイレに立てこもってたのかと思うと、かわいそうだが」
人は意外と目的のもの以外は見ない。見えていても意識の外にしていて気がつかないものだ。使う者がどれくらいいようと、どの階にも同じ数の個室と便器が揃えられているのだから、いつも通りに見えるなら気にも留めない。
ましてトイレの内側に開く戸ではなく、外側に開く戸であるのなら尚更だ。わざわざ足元を見ることも、鍵がかかっているか色を確かめることもなければ、上からなど目的がなければ覗かない。
そこに人がいても、音も立てず自然にしているのなら気がつかないだろう。
「そこはどうでもいいところだろ、心底」
タスクが本当にどうでもいいように床の上でピクリとも動かない男を見ながら吐き捨てる。
アオに面倒くさそうに返事をしたタスクは、電話をしたあとトイレに聞こえるほど物音を立てて走って来た。生徒会室のドアを乱暴に開ける音、走ってくる音、慌ててと言っていいほどの騒音はアオを笑わせてくれる。
「俺は今、いい思いさせてもらってるから、ちょっと憐れでな」
「あえてお前の顔の話をしないでいる俺の親切心を無にするようなことを言うな」
親切心で顔の話題を避けられるほど、見れない顔をしているのだろうかとアオは、顔を片手で触った。口角は上がっている自覚があるが鼻の下は伸びていないはずだと手で確認したあと、アオは首を傾げる。
「いつも通り男前だろう」
「緩んでてニヤついてる」
「俺はそれくらいのほうが愛嬌あるだろう?」
タスクがアオの下敷きになっている男から目を離さず、眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
「殴っていいか」
「チョップもだめだぞ」
タスクが舌打ちをした。このままではローキックが放たれそうだ。そう思ったアオは口元を隠し、話題を変える。
「ところで、ここの警備はまったくの余所者を簡単に通すようなもんだったか?」
「……警備員は表門と裏門にいて、敷地内も見回っている。用務員も用事があればうろついている。あとは、監視カメラがある」
「そもそもこんな山奥、好きで来ねぇ上に金持ちだらけで余計にリスクがたけぇ。まず、学校という機関が内部の人間でもないのにひっそりと生徒を襲うってことに向かねぇな。で、これで最近、余所者は何人目だ」
タスクが眉間の谷間を深くした。余所者の人数で悩んでいるわけではない。余所者が入ってくる事が多すぎること、期間が集中していること、それらが指す意味を考え、気分が悪くなったのだ。
「手引きしてるってか。それは監視カメラもどうにかする必要があるな」
「外部の人間を呼ぶようなイベントがないにも関わらず、外部の人間が侵入してきたのが三回目、監視カメラについても三回目になるか?」
漸く下敷きにしていた男の上から腰を上げ、アオはネクタイを緩める。
タスクは犯人を睨みつけたまま、首を横に振った。
「監視カメラだけに絞れば、四回……いや、五回になるか?」
アオはネクタイを抜き取ると、男の腕をまとめてそれで縛った。
「……井浪慶太の件を二回とも含めたか」
「井浪の件と今回の件を同一視するなら、な。井浪の場合は時間が開いているから、目的は違うかもしれないが、同じ使い方に見える」
「カメラと手引きか」
「もう一点加えれば、襲われたのは全部お前だ」
その事件の内、目的がはっきりしている件は盗撮事件だ。実行犯である井浪慶太の目的は生徒会長だった。
その件も一件目はまだ井浪慶太単独犯と言えただろう。しかし、それが二件目になり、誰かに貰ったソフトを使ったという証言まであれば違うものが見えてくる。
昔の盗撮事件と酷似しており、昔の事件にも誰かが介入がしているのかしれないと思わせた。
そして、最近の事件だ。
外部の人間が三回学園に侵入し、アオを襲った。その内二回は誘拐未遂だということになっている。事件は解決したことになっているのだが、タスクはまだ事件が解決していないと睨んでいた。
「カメラは関係してねぇけど、俺が襲われたことと手引きされてるって点でいえば、てめぇのファンってのも似たようなもんだな」
「一緒にしていいもんか悩むっつうか……これの目的次第の気もするが」
タスクは目元をもんだ後、膝を折り、未だ動かない男の足をポケットに入れてあったネクタイで縛る。
「お、初めての共同作業」
何気なく、先ほどまで真剣な話をしていたとは思えないことをアオが呟いた。
縛った足から手を離し、膝を伸ばしながらタスクはうんざりとした顔で眉間の皺ももみだす。
「んなわけあるか、他にもあるだろうが」
「そうだな、そうなると……事実婚のような感じが」
「しねぇよ」
目にだけではなく全体的に疲れきってしまったような気がして、タスクは肩に手を置き、首を鳴らした。
「お疲れで」
「お前といると大体疲れる」
「それは悪ぃな。けど、それだけ俺といると全力なのか」
「何もしなくても、お前に吸い取られている」
アオは一瞬文句を言おうと口を開き、不意に何か思いついたのか、そのまま口を横へと伸ばす。
「じゃあ、せっかくだから直にやっちまおうか」
わざわざタスクの後ろに回り、アオは背後から腰に手を回した。
「何やってんだ」
ゆるく抱きしめたような形になると、アオは動きを止める。アオはこのまま距離を更に縮めるつもりはない。
「こう、吸血鬼みたいにうなじからガッと」
「激しいキスマークみたいになるからやめろ」
「むしろ残してみたい」
そう言って、耳の下辺りまで顔を近づけると、アオは一言呟いた。
「……そう思えば、お前も全部関わってるな」
「……巻き込まれているだけだと思いてぇな」
アオは片手を腰から離すとタスクの眉間に手を伸ばす。相変わらず深い谷間がそこには出来ていた。
「だから、人の顔で遊んでんじゃねぇよ」



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