アオが外部の人間に襲われた後のことだ。
タダシはある一人の生徒と風紀委員室の近くにある部屋に居た。
いつも通りの気の抜ける笑顔で、机の上に肘をついたタダシは手の上に顎を置く。
「頑固なのは嫌いじゃないけどねー……あれ、コレ違う?忠誠心?いや、ある意味真面目?」
タダシは事情聴取といっては、謹慎処分になっているその生徒に何度も尋ねる。
夕陽がさす狭い部屋の中、タダシは生徒と向かい合い座っていた。少し前に生徒会長のアオを襲った生徒だ。
彼はタダシが何を尋ねようと視線を逸らしたまま、手を膝の上で握りしめるだけだった。
「義理堅いってのもあってる?一度従ったのならあくまで味方というか。俺もさー、そういうのわからないでもないけどさー。そういうのは俺よりタスクの役目でさ」
何を尋ねても答えない彼に焦れたわけではない。タダシは、彼が何も答えないと判断した時から尋ねるのはやめた。
精神的に揺さぶりをかけるために関係ありそうで、ないような話をダラダラと続けていたのだ。
「タスクはあんなだし、悪態つくし、何が何でもとかじゃないし、助けてくれないことも多々あるけど、でも見捨てるとかではないじゃない?まぁー俺が言わなくても、君は知ってるだろうけどねー」
彼はタスクのファンと目されている生徒だった。タスクを兄貴と慕う方ではなく、タスクに焦がれる方のファンだ。彼に限らず、タスクに焦がれるファンは、アオに襲いかかり無事でいられるほど強くない。むしろ、アオを襲えば返り討ちにされてしまう。
それでも、彼はアオを襲った。
相当の覚悟があったはずだ。
タスクの名前が出たくらいでは、何の変化もない。
「会長ほど強くても、面倒くさがっても、責任感じて護衛するくらいだもん。律儀というか、ヤンキーなのにというか」
『会長』というと彼の肩が震えた。罪悪感か、嫉妬か。そのどちらかがあるのだろう。タダシは話題をそこに絞ることにした。
「会長といえばさ、また襲われたみたい。タスクがぼやいてたよ」
今度は彼の身体が見て解るほど震える。
罪悪感なのかもしれない。
もしも罪悪感ならば、彼に会長が襲われた話を詳しく教えてもいいだろう。
タダシは考える。
追い込みすぎず、逃がしきらない匙加減というものは難しい。彼に口を開いてもらうために、タダシはそれを探っていた。
いつでも後ろの席のヤンキーに怯え、クラスの反応を伺い過ごしてきたタダシには、安心感と危機感の狭間というものがよく解る。
安心感が得られる場所は人々の関心の外にあることがあり、それはそれで寂しい。危機感のある場所はいつもビクビク怯えていなければならず、悪くすれば危ない思いをする。タダシは昔、いつもその間を探していた。
今していることも、似たようなものだ。
「気になる?」
わざと問いかけると、彼は勢いよく首を横に振った。制服の膝のあたりがくしゃくしゃになるほど手を握りしめ、彼は耐える。
「そーお?俺は気になるから、タスクに詳細きいとくね。会長教えてくれないし」
本当は、アオが外部の人間に襲われたことも、それがもしかしたら内部の人間の仕業かもしれないということもタダシは知っていた。
アオが何者かに襲われても、それが誰かに指示されているかどうかも解らない以上、今タダシと向かい合っている彼も関係のある話だとは言い切れない。
しかし、タダシはまるで彼も関係あるかのように、話を終わらせる。
「会長が教えてくれないの、誰がやってるか検討ついてるからかもしれないね。だって、会長が何か言っちゃったら一大事だもの、ねー?」
彼の身体は小刻みに震えていた。