食堂が一番賑わう時間に、アオとタスクは学園の食堂内を歩いていた。
昼食のために出向いた食堂は、いつもに増して騒がしい。大人気の会長とその会長には負けるものの、根強いファンがいる元風紀委員長が肩を並べているからである。
騒がしい食堂を見渡し、アオはうっすらと笑った。
視界の端に隠れることなく定位置に座るタスクファンの姿を見つけたからだ。
誰が来ても来なくても同じ位置に座るのは、健気なのだろうか。アオは目を細め、ゆっくりとタスクに視線を向ける。
いつも通り隣で退屈そうなタスクは、あくびまでしていた。アオと食堂に姿を現すだけでいつもより騒がれていることをなんとも思っていないようだ。あくびをした後に、アオを見て不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。タスクの目がアオに早く専用の席に行けと促す。
「……ちょっと付き合ってくれ」
アオが別種の笑みを浮かべると、タスクは不愉快そうな表情を見せた。アオが何をするか言う前に、行う前に、タスクは嫌な予感を察知したのだ。
アオはもう一度タスクファンが居る場所を確認し、タスクに近寄った。そして左手をタスクの頭へと伸ばす。アオが手を伸ばすと、示し合わせたように不機嫌そうな顔がアオに向けられた。
そのままタスクを逃がすまいと、アオの手がタスクの頭に添えられる。
タスクはいつもと同じような険しい表情をして、アオにまた表情を変えさせた。嬉しそうにも見えるその顔のまま、アオはタスクの唇に噛み付く。
タスクは一言も発さないどころか、眉が少し動いただけという僅かな反応しか見せなかった。しかし、されるがままになるようなタスクではない。
タスクはアオの目的をなんとなく察し、できない舌打ちを心の中でする。タスクは愉快な気持ちになれないまま、やられっぱなしも癪であると咥内に侵入してきた舌を味わった。タスクの頭が逃げないように添えられたアオの手に力が入る。
二人の長いような短いようなキスの間、食堂は音を失くした。
会長であるアオがタスクに愛しているといったのは、もう随分前のことになる。そのため、この学園でそれを知らない人間はいない。誰もが、熱心な会長ファンでさえ、認めたくなくてもアオがタスクに並々ならぬ情熱を向けていることを知っていた。
アオが愛していると発言してから、隠すことなくタスクを追いかけているのだから知りたくなくとも知ってしまう。
だから、こうしてアオがタスクに噛み付いても、大半の生徒はまたかと思うことができた。アオは生徒に、ある意味絶大な信頼を得ていたのだ。
しかし、タスクがそれに応えるというのは珍しい。
珍しいというよりも、大半の生徒が見たこともない姿である。
だからこそ、食堂内の生徒たちは誰もが言葉を失ったのだ。
昼時の混雑している食堂にあるまじき静けさだった。
「……で、今日の昼飯だが、俺はA定食がいい」
唇が離れると、タスクがため息をつく。アオは僅かに満足げな表情を浮かべると、何もなかったかのように食べたいものをタスクに教えた。
「またから揚げか」
タスクもそのまま何事もなかったと言わんばかりに、辟易とした声を上げる。アオはここのところ毎日、昼にはから揚げを食べていた。
「またというが、から揚げってのはすげぇんだぞ。出汁をとる前の肉を贅沢に使って衣と肉の中にその出汁を閉じ込めてだな……」
「少し貧乏くさいことを言われたと思うのは気のせいか?」
静かになってしまった食堂に二人の呑気な会話はただ響く。
二人が生徒会と風紀委員会のために用意された、専用席と呼ばれる場所に行くまで食堂は静かなままだった。
専用席がある部屋に入る前、アオがちらりとタスクファンがいるはずの場所に目を向ける。そこには目と口を開けて驚いている生徒が複数いた。
「成功したと思うか」
専用席がある部屋に入った途端、先よりも騒がしくなった食堂を気にするように、アオが呟く。その呟きはタスクに拾われる。
「俺がいい迷惑を被っただけのような気がしてならねぇ」
「牧瀬もノリノリだったじゃねぇか。結構気持ちよかったんだが」
「……やられっぱなしってのは、どうも性にあわねぇからだ」
部屋の中では、元生徒会役員の二人がくつろいでいた。
一人は興味深々で部屋に入ってきたアオとタスクに笑顔を向ける。