もう一人は、誰が何をしようと関心の外であるように食事を続けていた。
笑顔を向ける元生徒会役員の目を無視するために、タスクは一番近くの空席に座り、メニュー注文用の液晶端末を手に取る。すでに食べるものを決めているアオも、近くの席に陣取り、その液晶端末を覗き込んだ。
「あれぇ?先輩は寂しぃなぁ。後輩がいちゃついてきたことについて弄りたいという欲求のまま動いてはいけないのかなぁ」
一人は、アオもタスクも得意ではない元会計の椋原だった。
「そんなことを言っているから無視されるんだろう。少しは落ち着いたらどうだ」
「落ち着いちゃったらぁ、ボクじゃないじゃなぁい?」
「俺は切にお前じゃなくなることを願う」
もう一人は、切に願うという割りに、淡々表情も変えずに食事を続ける。元生徒会長の樫(かし)だ。常に無表情で、顔の色さえ変わらず、声に抑揚も足りないといわれていた。生徒会に居た期間は短いが、アオにとってはいい先輩である。
「何があって煽っているかは知らないが、ほどほどにしておけ。特に宗崎」
アオは樫の言うとおり、タスクファンを煽っていた。
昔から気に入ったものは持ち帰るとか、手を出すのが早いとか、その言葉通りとると良くない噂がアオにはある。確かにアオは気に入ったものは手に入れたがるが、持ち帰ってどうこうしようと思うのはタスクだけだ。タスクに限っていえば間違った噂にはならない。
しかし、生徒の大半はこの噂をすべてに適応すると思っていた。
そのため、タスクファンには、来るもの拒まず手を出す生徒会長がタスクを無理矢理手に入れ、様々なことを強要していると思われていることだろう。
「俺ですか」
言われた通りではあったが、アオは樫にとぼけた顔をして見せた。
「お前以外に誰が、調子付いてあんなことをするんだ。……そこのクソは別だ」
「やだぁ、食事中にクソだなんてぇ……あと、どうしてそうも樫とボクとで態度がそんなに違うのぉ?」
無視をされ続けている椋原が僅かに唇を尖らせ文句を言い、立ち上がる。
「後輩も友人も冷たいからぁ、ボク、教室に帰っちゃう」
「そうしろ。誰もホットな対応はしてくれないし、そのほうが平和だ」
「本当につめたぁい」
声を上げて楽しそうに笑い、椋原は部屋の出口へと向かう。
その際、椋原はわざわざタスクの傍を通ることを忘れなかった。
「あ、そうそう、ボク聞いたんだけどぉ。会長また襲われたんだってねぇ」
タスクが怪訝な顔をする。アオが襲われたのは事実だった。しかし、椋原の言う、またというのはいつのことをいうのか疑問に思ったからだ。
「先輩いつも思うんですけど、何処からそういうの聞いてくるんですか」
椋原は昔から、誰に言ったわけでもない話を知っている。
タスクの疑問を余所に、アオは自らの疑問をぶつけた。
「蛇の道はっていうじゃなぁい。それに会長の噂話は早いからねぇ。それにしても、やっと反応してもらえたぁ。やっぱりいいねぇ、後輩弄るの楽しぃねぇ」
「楽しまないでください」
アオが頬を引っ張るべく伸ばした手を避け、椋原は怪訝な顔をしたままのタスクの耳元に顔を寄せる。それは椋原の甘い毒のありそうな容姿も手伝って、昼間の食堂には不似合いな怪しさがあった。
「ほら、ねぇ……君のせいだよぉ」
タスクの眉間に力が篭もるのと、アオが立ち上がるのは同時だった。
「顔近づけるのやめてもらえませんかね、いかがわしい顔してるんですから、牧瀬が誘惑されたらどう責任とってくれるんですか!」
「……俺は何処から何を言っていいかわからないが、なんにせよ、俺の趣味が疑われるだろうが、それ」
今度はタスクから椋原を離そうとしてアオの手が伸ばされる。椋原はやはりその手を避け、楽しそうに笑った。
「ひっどぉい!」
まったく傷ついた様子もなく、椋原はタスクとアオのいる席から離れ、再び出入り口に向かう。
「……ほどほどにしろよ」
「やだよ、後輩弄り楽しぃからぁ」
去り際にかけられた樫の言葉には、適当に手を振って答え、椋原は部屋から出て行った。
「クソッ、塩だ塩!」
椋原は当然、アオがから揚げ定食のためにつけられた塩コショウをまこうとしたことなど知る由もない。



そうしてアオが憤慨し、タスクが疲れた顔をして食事をとり、専用席を後にする。食堂内は、アオがタスクに噛み付いた時より落ちついており、生徒自体も少なくなっていた。
相変わらず、アオやタスクが顔を見せればざわつくものの、あの時ほどの騒ぎにはならない。
「さすがにこんなところじゃ襲ってこないか」
「煽った意味がなかったということはねぇのか」
「意味がなかったら、俺が得したってだけだから、それはそれだな。しかし、牧瀬、俺、なんの説明もしてねぇけど煽ったんじゃなかったらどうする?」



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