盾は守るためにあらず


「さっきの、主犯か?」
生徒に襲撃されてから、しばらく経った頃。落ち着くためにも午後の授業を休んで、アオは風紀委員会室の隣にある部屋のソファでくつろいでいた。
「違う。主犯は今、他の連中が捕らえに行った」
アオを襲った生徒の一人と顔を合わせて戻って来たタスクは、ため息と共に、アオの前にあるソファに座る。
「お疲れだな」
「あいつらは俺を美化しすぎている」
絶体絶命のピンチに現れたヒーローに夢を抱いてしまうのは仕方ないことだと、アオは思う。特にタスクは積極的に他人と関わるような人間ではない。接する機会も少なく、噂話を聞くしかない人間を想像するのはこれもまた、仕方ないことだ。
「だが、助けてケアして傍にいたのは紛れもない事実だし、あんなで優しい人なんだって思い込むのも、普通だろ」
つい一時間と少し前に襲われたというのに、ソファに背を預け、アオは余裕の態度を見せた。それはふてぶてしく、何事にも動じないようにも見える。
「俺は馬鹿だと思ってるけどな」
タスクはその様子を少し羨ましく思いながら、顔を片手で覆う。目元に指を当てると、揉むように少し動かした。
「その見解は初めてきいた」
「初めて言った。なんだかんだ面倒ごとに巻き込まれて、ため息つきながら付き合ってんのは、要領悪ぃし、馬鹿だなって思ってんだよ」
その面倒ごとに巻き込むのはいつもアオだ。タスクは顔から手を離し、半眼でアオを睨む。タスクの言いたいことは伝わっているのか、アオは肩を落としてみせた。
「あんまり見んなよ、照れるだろう」
照れる気配など毛ほどもない。タスクは眉間に入る力を緩めようと、アオを見るのはやめた。
「そういう馬鹿さが可愛いなと俺は思ってんだよ」
だから巻き込んでくれるのだろうか。タスクはそう思い、眉間に力を込める。アオを見ないという抵抗は些細なものだった。
「で、結局、今回の事件は解決ってことで、牧瀬はボディーガード失業か?」
「一応はな。主犯の答え次第だとは思うが……」
「が?」
タスクはこの部屋にやってくる前に、話を聞いてきた生徒のことを思い出す。
アオに対する嫉妬からタスクのファンがアオを襲うという事態を一つの事件とすならば、その事件の始まりとなった生徒とタスクは話をしてきたのだ。
対面に座りそっけなくして、焦らせ、話をさせた。だから、脅してきたといっても過言ではない。
「他の人間がいるな、確実に」
「そんなにはっきりといえること言ったのか」
「ああ。……お前は、どれくらい自分自身の噂話を把握している?」
アオは根も葉もない噂から、元が辿れる噂、事実でしかない噂を数え、口元に手を持っていった。
「そこそこ?」
タスクはアオの噂の数々を思い浮かべ、二、三度頷く。
「多すぎて把握が難しいだろ。だから、噂といわれれば、そうなのかと思う」
「だな、そうか、そんな噂もあるだろうなくらいだ」
「俺もそう思う。だが、この噂ってのは、誰かが一度発言しない限り現れたりはしない」
アオは背をさらにソファに預け、姿勢を崩す。頭をソファの背の上にのせ、脱力した。
「故意に発言したって?」
「むしろ、噂だといってあるようにない事を吹き込んだ。もしくは事実を悪感情がわく様に言った、だな」
そしてそれがよからぬ噂となり、一部の生徒に広がる。
タスクはそれを話をきいた生徒に感じた。
その上噂話が一部に広がるように、大きくなり過ぎないように操作されているとも感じたのである。
「情報操作のようなものだな」
「情報操作なぁ……」
アオはさらに姿勢を崩し、終にはソファにうつぶせた。
いつもならそれはタスクがしていることであり、珍しい格好をするアオに、これもまた珍しくタスクが尋ねる。
「疲れたか?」
「そこそこな。まぁ、大事にならなくて良かったってとこか」
今回のことを反芻し、タスクは首をひねった。本当に大事ではなかっただろうか。確かにアオは襲われても、一度も怪我をするところはなかったし、こうして平気な顔をしている。
しかし、何度も襲われるということ自体、大事なのではないだろうか。
「ボディーガード、な……」
思い返せば、後手後手に回っているような気がして、タスクは自らの役割の果たせなさに自嘲した。
襲われても、文句をつけられても、終いをつけるのはいつもアオであるような気もして、タスクは座ったとき同様のため息をつく。
「お前に俺のボディーガードは必要なのか」
「いる」
うつぶせたまま、アオが即答した。
「俺はいらないように思うんだが」
「いる。前にも言ったが、精神的にちげぇんだよ。いるってだけでなんでもできる気がすんだよ。最強?無敵?なんでもいい。とにかく気分いい」
その何でもできる気がするせいで、人を煽ったり、騒ぎ立てずに黙っていたりするのだろうか。
そう思うと、やはり、タスクは、自分自身のボディーガードが必要ないように思えた。
「余計に仕事を増やしている気がしてならない」
うつぶせていたアオが、顔だけタスクのほうを向いて笑う。
「そうか?」
「そうだ」
「でも、てめぇは、傍に居てくれるんだろう」
タスクは、眉間の皺を自らの指で伸ばし始める。タスクは本当に疲れていた。
「仕方ねぇだろ、他にいねぇし」
その後に続く言葉を告げず、タスクはまたため息をつく。
「本当、仕方ねぇ」



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