生徒会長の思慮


情報操作と聞いたとき、アオは脳裏にニヤニヤと笑いかけてくる先輩を思い出した。
その先輩はもっとも長く生徒会にいた先輩で、後釜を決めるとすぐ役員からおりた先輩方とは違った感じがある。アオの認識では、先輩方は先輩というグループにあたり、その先輩だけが仲間のグループであるような感じがあった。
いい先輩だと感じている元会長である樫にもそういったところがある。しかし、樫は頼りになる先輩だと感じることが多く、先輩というグループの中では特別だと思うことはあっても、その先輩ほどの気安さはない。
「先輩、俺の噂話知ってますかね」
思い浮かんだからには、仲間意識があれども確認はしておいたほうがいいだろう。そう思ったアオは、放課後、椋原を探す。
椋原はいつも通り生徒会と風紀委員会のために用意された食堂の部屋にいた。その椋原に、アオは声を尋ねる。
「どんなぁ?」
アオは元会計の椋原悠一という先輩が苦手だ。しかし、仲間意識があるのも本当で、苦手意識からいつもは避けてしまうが、それでもタスクほど忌避しているわけではない。
だから、こうして尋ねるのも念のための確認であり、他の情報を得るために過ぎなかった。椋原が現会計の一人にそういった情報操作の方法を教えていたのを、アオは覚えていたのだ。
いつもは無視をしたり避けたりしている後輩が、珍しく声をかけてきたことに首をかしげ、椋原は尋ねた。
「傲岸不遜とかぁ、襲われても返り討ちするとかぁ、目が合っただけで恋に落ちるとかぁ、少し笑いかけただけで相手がストリップするとかぁ」
目が合っただけで恋に落ちるや、ストリップすることに関しては初耳で、アオは欲しくない情報を得て、うんざりとした顔をする。
ニヤニヤと笑っている椋原から、わざとその噂を選択して口にだしたということがすぐに解った。
アオはうんざりしたまま首をふる。
「ひでぇ噂ばかりだが、牧瀬と一緒になってる噂とかは知ってますか」
「あ、もしかしてぇー自分たちがどういう仲か、ついに言う気になったぁ?」
目を輝かせて邪推してくる椋原に、アオは頭を抱えたくなる。
この先輩と話していると疲れてしまう。それがアオが椋原に苦手意識を持つ一因だった。
「どうもこうも、俺の片想いですよ」
「そうなのぉ?俺、別のこときいてるんだけどぉ」
「どんなですか」
尋ね返され、椋原は得意げに胸を張る。
こういったことは得意なのだと言わんばかりだ。
「元風紀委員長に無理強いして淫らな関係にあるとか、そのせいで元風紀委員長が逆らえないとか、その元風紀委員長が襲われたとか」
迫りはしても無理強いをしたことがないタスクが、噂の自分自身を羨ましいと思ったのもつかの間だった。タスクが襲われたという噂に、眉をひそめる。
「元、風紀委員長が……襲われた?」
「あ、それ、噂じゃなかったぁ……ボクが手に入れた情報ぉ」
「情報……?」
「昨日かなぁ……襲われたって聞いたよぉ、樫から」
椋原と樫は一緒にいることが多い。樫が頼りになる生徒会長だったためか、元生徒会役員メンバーとも樫はよく一緒にいるが、椋原との比ではなかった。
アオは樫に聞いたのなら信憑性のある話なのだろうと思い、頷きかける。
「……なんで樫先輩が?」
「一緒に襲われたんだってぇ。昨日のことだよぉ」
「昨日……」
一緒に襲われたといわれ、またも納得して頷きかけ、アオははっとした。
「昨日?」
「そう、昨日ぉ」
アオの代わりに椋原が頷くと、アオは駆け出す。
後に残された椋原は、アオの背中を見送りポツリと零した。
「あーあー夢中になっちゃって」
後輩いじりが楽しくて僅かに弾んだ椋原の声を、アオは知らない。



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