「で、タスクは会長ちゃんと騙せた?」
「私もその時、風紀委員室に居たんだけど、いつも通りだったわよ」
「あ、そうか、タスクがあそこでダラダラしてるのいつも通りだもんなぁ……」
昼休みのことである。教室の日当たりのいい、一番後ろの席にケイタは座らされていた。
「……前から聞きたかったんだけどさ……」
「何かしら、ケイタくん」
「どうして僕だけこき使われてるの?」
本来ならば、ケイタではなく元風紀委員長のタスクが座るはずの場所で、ケイタは身じろぎする。日当たりのいいそこは、春や秋などは絶好の昼寝場所だった。今日も燦々と陽の光が降り注ぎ、眠気を誘ってくる。しかし、今のケイタには一種の拷問道具のようだった。
「だって、けーたくん二回やらかしたし、ハッキングはまずいよ。他の会長襲った子たち、へっぴり腰だったり、未遂だったりするし、初犯だもん」
「そうよねぇ。生徒会からの温情もなかったから、うちで囲ったのよ」
ねーと顔を見合わせたタダシとクラヒトから逃げるように、再び、ケイタは身じろぐ。
ケイタが今座る席は、タスクの席だ。その隣にはタダシの席があり、前にはクラヒトの席があった。後ろにももう一つの隣にも席がないため、四面囲まれてもいないのに、敵軍から自分の国の歌が聞こえてくるような気分である。クラスメイトは知らないふりをして耳を傾けており、前と横にいる二人は声を潜めて、必要以上にケイタの傍に寄っていた。だから、余計に孤立無援だとケイタは感じていたのだ。
こんなときにタスクがいれば、この二人はケイタを囲うようなことはしなかっただろう。
そもそも、タスクがいないからこそ、タダシもクラヒトもケイタを囲んだのだ。
「それで、ね、けーたくん。タスクが顔と腹に怪我をしてここにこられないわけだけど」
普段からフワフワとしており、何事にも芯が入っていないような柔軟性をみせるタダシが、今ばかりは後退できないケイタの居心地を悪くしていた。いつも通り、フワフワとしているものの、明らかな圧力を感じるからだ。
「そうねぇ、あの顔で授業うけるとまずいって風紀委員室にぶちこんだのよねぇ」
茶々をいれるクラヒトの間延びした声すら、ケイタの身を硬くさせる。
「タスクは誰が襲われたか解らないっていうけど、俺はね、元会長も、タスクも……むしろ、元会長はついでの気がするんだよ、ね」
「何故かしら、私もそう思うのよ。というわけだから、ね」
二人は怒っていた。
現生徒会もそうであるが、風紀委員会も負けず劣らず仲がいい。たとえ、最初は適当に寄せ集めただけの集団だったとしても、脅されて入った場所であったとしても、遊び半分で顔をだしていただけの場所であってもである。
タスクも風紀委員たち、とりわけタスクの元で副委員長をしていた二人にとってタスクは大事で特別な友人だ。
タスクが怪我をしたなら、本人を前に散々からかって馬鹿にしても、心配する上に怒る。
「いや、でも……ハッキングはまずいのでは」
ケイタはタダシとクラヒトの二人に、再びハッキングをするように迫られていた。タスクがどうやら外部の人間に襲われたらしいと聞いてのことだ。
学園の監視カメラの映像のチェックくらいは学園側もしてくれるし、その結果も教えてくれる。しかし、学園の内部に外の人間を呼び込んだ者がいるとすれば、その人間がその映像をどうにかするために袖の下を渡すのも簡単だろうと思われたのだ。
ならばせめて映像を消した痕跡や、取りこぼした情報などがないか漁りたい。だが、それを学園側がさせてはくれない。
外部の人間がしたことの処理など、生徒がするべきことではないからだ。
だからこそ、タダシとクラヒトは、ケイタに圧をかけた。
「もぉー……二回も三回も一緒でしょ?」
「そうそう、一緒一緒」
先ほど、二回目であることやハッキングはまずいといった口でそれを言うのだ。よほどの怒りなのだろう。
ケイタもそれがタスクのためだと思えば、悪態をいくつついても足りないが、アオのためだと思えば三回目を踏み切りそうになる。しかし、ケイタも罪の意識がないわけではない。
「いや、でも駄目でしょ。大体、僕がハッキングしたのはあの件だけで、その前は違うし、できるのは、生徒会室だけだよ」
「は? 何それ」
「ソフトを貰ったって言ったでしょ。あれを使って、会長を追いかけようと廊下とか他の教室とか使ってみたけど、うまく出来なくて。しかも、寮なんか学園内より酷くて……とにかく、生徒会室だけだったんだよ、あれ」
タダシもクラヒトも、ケイタの言うことに納得できなかった。
学園の警備システムなのだ。寮ならばまだしも、学園の廊下や生徒会室が違うシステムを使っているように思えなかった。
ケイタは、二人の不可解そうな様子を見て、言葉を重ねる。
「二人とも知らないの? 生徒会室の警備システムは他と違うんだよ」
「……どうして?」
「生徒会役員が作ったからだよ」
胸まで張って言ったケイタに、タダシが呟いた。
「誰が……?」