食堂に行けば高確率で捕まる椋原と違い、アオが会おうと思うと樫はなかなか会えない先輩だった。
樫と会うのは、いつも樫がアオに用事があるときだ。
「宗崎、牧瀬はあいつに気に入られているのか」
生徒会室にやってきた樫が、ドアを閉めた途端にそう言った。
アオは樫のいう『あいつ』が誰であるか解らず、視線を副会長のレイルに向ける。視線で問われたレイルも解らず、他の生徒会役員に視線で問いかけた。
会計であるジンゴとカンジだけが一瞬、時を止める。
「あいつって、椋原先輩のことですか」
カンジはジンゴの言葉に、はくはくと口を動かしたあと、浅く息をはく。
「カイチョ、冗談だろ」
普段の緩すぎる言葉がなりを潜めるほど驚いた様子を見せたカンジに、アオはさも当たり前のように首を傾げる。
「何いってんだ、見てりゃわかるだろ」
「……初めて聞きました。椋原先輩のお気に入りって、てっきり貴方と樫先輩くらいだと……」
生徒会室に樫の舌打ちが響く。小さな音であったが意外と響いたそれに、カンジとジンゴが頭を抱える。
樫や会計たちの様子の意味がわからず、アオもレイルも書記のマコトも不思議そうに三人を眺めるばかりだ。
「油断した」
樫は苛立ちのあまり、歯軋りまでした。その理由がわからず、アオは数度瞬きをする。
「どういうことですか」
樫はカンジとジンゴに視線を向けた。二人はその視線の意味がよく解っているようで大きく頷く。
「大丈夫です。盗聴器も、隠しカメラも例の事件で徹底的に探しましたし、定期的にチェックしてます」
「監視カメラも、最近あった事件で止めてあるっす」
カンジとジンゴの言葉に樫もいた。その後、二、三度あたりを見渡し、樫は口を開く。
「椋原が後輩弄りが楽しいっていって憚らないのは解るな?」
「はい」
アオも今度は頷いた。椋原は何かといっては弄ってきて、アオに塩を撒かせる。
「あれは、違うんだ」
「はい?」
樫はもう一度辺りを見渡す。樫が居た頃とそう変わらぬ生徒会室には、樫が一番警戒した人物がいない。解っていても、樫はそこにその人物がいるような気がして何度も確認する。
まだドアノブをもったまま、樫は続けた。
「あいつは、気に入った人間を弄るのが好きなんだ」
「……それが、なにか」
アオは樫や会計二人の様子に、それは当たり前のことだということが出来ない。後輩でも、気に入った人間にしても樫が弄って、不愉快な気分になることは変わらないのだ。それはいつものことで、たいしたことではない。そういいたいにも関わらず、そういわせてもらえない雰囲気が樫を含む三人にはあった。
「宗崎、どうして今期は会計が二人なのか知っているか」
「俺のお守りが大変だからでは」
レイルが今にも不満をぶちまけそうな顔をする。アオはそれを見て、そう思えばレイルがお守りを一手に引き受けてくれているなと気がつく。
「……違いますね」
「いや、それもなくはないんだが、それより大事な理由がある」
誰も否定してくれないことに、マコトが顔をそらして、密かに笑った。
アオは目ざとくそれを発見し、憮然とした顔をする。
「椋原のすぐ下の後輩というお気に入りを分散するためだ」
マコトやアオ、レイルの様子も気にせず椋原にばかり警戒する樫がアオを不安にさせた。どうしてそこまで警戒をする必要があったのだろう。椋原のお気に入りが弄られるからといって、何があるのか。
「……いじられる、だけですよね?」
「そうだ。だが、それが度を越している。盗聴器や隠しカメラをしかけたり、監視カメラのシステムをいじったり」
アオにも覚えのある言葉が出てきて、アオは焦ったように首を振る。
「待ってください、それは井浪慶太がやったことで」
そんなわけがない。後輩をどんなに弄っても、椋原はアオの先輩なのだ。否定する言葉が浮かんでは、消える。しかし、アオの中で警告のようにタスクの声が響く。