『情報操作のようなものだな』
「違う!」
アオの中の警告を聞いたように、樫が怒鳴った。一度も聞いたことのない声に、アオは目を見開く。
アオを怒鳴りつけてもその場から離れず、ドアノブから手を離さない樫が、アオにはまるで必死で何者かの侵入を防いでいるように見えた。
「あれは全部、椋原が用意したものだ……!」
そんなわけがない。アオはまた心の中で否定した。しかし、今度は井浪慶太が起こした事件が疑いを残す。自分自身の『簡単すぎる』という声が否定したい気持ちの邪魔をする。
「風紀との合同会議にジンゴが参加してねぇの、ジンゴじゃ騙せないからだぜぇ……知ってンだろ、ジンゴはすぐ焦る」
緩すぎる口調が戻ってこないカンジに、アオの中の否定が静かになった。
アオはゆっくりと生徒会室を見渡し、ある場所を睨みつける。監視カメラがある場所だ。今はすべての電源が切られているが、以前は一つだけ電源を切っていた。
それは見られているようで気分が悪いという理由で、今期の会計である二人がしたことである。
「俺を騙す、必要性は?」
「他にバレたら、被害が広がる」
ジンゴが低く、つぶれた声を出す。それに同意するように樫が、言葉を続けた。
「あいつは、確証を与えない。そのくせ疑わせる。けど、それが当たり前だと思わせる。エスカレートしていることになかなかこちらが気付けない」
「どうして」
何故、確証を与えられていないことなのに、そうもはっきりいえるのか。アオは、どうしてといいながら、理由を知っている気がした。
アオには、先輩がいる。元生徒会役員だ。しかし、近いと感じるのは椋原で、頼りになると感じていたのは樫だけである。それは、後釜が決まるとすぐさま先輩役員達が居なくなったからだ。
「……アオ、僕でも思い当たるところが、あります」
レイルが震える声で呟く。レイルも椋原を苦手としていた。しかし、それはあくまで苦手な先輩というだけで、恐れたり嫌ったりしていたわけではない。タスクと同様、仲間であるという意識があった。
だからこそ、声に力がない。
「俺たちが、気に入られていたからだ。だから、椋原から逃げたんだ」
「先輩は、ここにいますよ……?」
タスクはその問いを口からだしながら、それすらも自分自身ですでに答えをだしていた。
今期の会計を二人にして、お気に入りを分散させたのは誰か。樫が頼りになると感じるほど現生徒会役員と接触していたのは何故か。会おうとしても会えない理由は何か。タスクが椋原のお気に入りであるかを気にしたのはどうしてか。
「……罪悪感だ」
ばつが悪そうに答える樫に、アオは何も言えない。
理解したからだ。
樫はずっと、生徒会役員のためを思い、行動していたのだ。
「俺とレイルはその手のことは上手じゃない。けど、アオには教えても良かったのでは」
マコトが少し、怒ったように言った。何に怒っているか、今のアオには解らない。今は、監視カメラがあった場所を睨みつけることも出来なくなっていた。
「マコト、俺は身内に弱い」
人外であるように言われ、確かに規格外であっても、アオは人間で生まれて二十も数えない。そうでなくとも、弱いところはたくさんある。
だからこそ、樫は言えなかった。
「先輩、ありがとうございます」
「罪悪感だと言っている」
「でも、ありがとうございます」
力ない様子のアオに、生徒会室の空気は重い。
思わず樫はドアノブから手を離し、アオへと近寄る。
しかし、その口が開くことはなかった。誰もが、口を開けない沈黙は、更に生徒会の空気を重くする。
気持ちを切り替えなければ、これからのことを考えなければ。
アオは拳を握る。アオには小さく震える手に、力が入っているかどうかも解らない。
「邪魔するぜ」
その瞬間、ドアを蹴破る音など、アオには聞こえなかった。
ただ、突然聞こえたタスクの声に、遅れてアオの耳に様々な音が飛び込む。
出入り口を見てみると、唖然とした様子の生徒会役員と樫の視線を独り占めしている風紀委員たちがいた。
その先頭に立ったタスクは、アオには何よりも強そうに見えたのだ。
そして、アオは思う。
「無敵だ」
アオは笑った。



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