「……なんで、先輩だと思ったんだ」
暗い寮への道を、ゆっくりと歩きながら、アオは前を行くタスクに尋ねる。
「生徒会室だけ、他とは違う警備システムで、それを弄ったのは会計だと聞いた」
「それだけ聞くと、カンジとジンゴがやったことだろうが」
現在の会計は、カンジとジンゴだ。椋原はあくまで元会計なのである。
「あの二人は確かに怪しい。監視カメラの目から逃げていたのもあの二人だけだ。だが」
「だが?」
「あの二人はそれほど性格が悪いわけじゃねぇし、むしろいい奴だ。外部の人間どころか内部の人間さえつかえねぇよ。それに、井浪がいうところの会計ってのが、どの人間なのかも気になった」
タスクが元風紀委員長だと認識されていないところがあるように、生徒の中にはカンジとジンゴが会計であるという認識より、椋原が会計であると認識している人間は多い。二人の友人であり、二人の仕事ぶりを見ているアオとタスクにとっては気がつきにくいことだ。
「その前にも、気になることはいくつかあった。お前が襲われたことは秘密にしたはずなのに知っていたり、俺が襲われたことを知っていたり。あと、他の先輩の印象がやたら薄かったり、その印象が薄い理由を樫先輩が誰かのせいでそうしたように言って……ああ、三人目は樫先輩か」
「いや、でも、それは誰かに聞いたとか噂とか、情報網とか」
「それが椋原悠一のうまいところだな。普段の行動から、そう思わせることを言う。だが、俺はお前より椋原悠一が嫌で避けていた分、馴染みがなかったところが、引っかかったんだろうな。それも逆手に取られて、あいつなら有り得ると思わせられていたところもあるんだが」
タスクは有り得ると思った分だけ、すぐに椋原を疑うことが出来なかった。アオは仲間意識の分だけ疑うことをさけた。
二人の違いはおそらくそれだけだ。
寮の明かりを目指し、とぼとぼと歩く。
椋原を追いかけていたときの道は、短いようで、長かった。寮へ戻る道は近いようで、果てしなく遠いようにアオには思える。
「噂も、あの人が広めたんだろう。お前を襲った生徒の一人も言っていた。噂を聞いてってな。もう一人も噂聞いたっつってたが、あれは直接噂なんだけどねとか言われて囁かれたんじゃねぇか。ガチガチに信じてたらしいからな」
「もう一人って誰だよ」
一人は最初にアオが捕まえた生徒だろうとアオも解った。しかし、もう一人の話は聞いていない。
「お前襲った主犯」
主犯という言葉に、アオは前にいるタスクの背中に手を伸ばす。
ブレザーを掴まれ、タスクは後ろをちらりと見た。
「……つか、クソ親父のことは」
タスクはアオより先に試されていると疑った。
「釘刺されたんだよ、お前の誕生パーティん時」
「……あん時かよ……だから、呼んだのかよ……」
アオはタスクが父親と話していたことを知らない。気がついたときには、タスクは一人で壁際に立っていたのだ。
そして次にタスクを見たときには、椋原に絡まれていた。
「思えば、あん時、親父が先輩に声かけたんだろな」
それを思うと、タスクもアオも、宗崎家の当主をタヌキだとしか思えない。
「お前を襲った誘拐犯以外のやつ、もしかして先輩というよりもご当主のヒントだったんだろうか」
「息子をトイレで襲わせる親父って、マジクソじゃねぇか」
しかし、それならばタスクも頷けるところがある。タスクと樫には三人もの人間が襲い掛かったが、息子であるアオにはあくまで一人ずつだ。息子の実力をよく知る父親は、タスクの実力を測りかねていたのだろう。タスクと樫を追いかけてこなかったのも、人が多い場所に出るまでに追いつかなかったからではないのかもしれない。
「結局なんだったんだよ」
タスクは宗崎家の当主に言われたことを思い出し、同じことを言った。
「覚悟しろってことじゃねぇか」
「何がだよ、俺が試されてんのは、宗崎家の次期当主たるもの云々とか言われるからわかんだけどよ」
「その次期当主たるものが男に懸想してることだろ」
アオは掴んでいたブレザーを引っ張る。身構えても居なかったタスクは簡単によろけた。
「じゃあ、やっぱりてめぇは関係ねぇじゃねぇかよ。俺の片想いだろ」
よろけたタスクの腰に後ろからゆるく手を回し、アオは額をタスクの背中に押し付ける。
「まぁ……仕方ねぇよ。趣味が悪ぃんだから」
「だろ、趣味が……ん?」
タスクは、アオが気付く前に、アオの手を振りほどき、そそくさと寮へ向かって歩き出した。
「ちょっと待て、どういう意味だ、どういう」
「さぁ」
「さぁじゃねぇよ、どっちだよどっちの趣味が悪ぃんだよ」
「さぁ」
「だから、さぁじゃねぇよ!」
アオが答えを聞きだす前に、二人は寮にたどり着く。
二人を追いかけきれずに諦めて、寮の前で待っていた生徒会役員と風紀委員の面々は、タスクにしがみつき引きずられて帰ってきたアオに、平和だなと心底安堵した。