風紀委員長の初仕事


「今回の事件を鑑み、風紀委員会の設立を認めます」
「……はあ」
副会長に書状のようなものを渡されなれながら、気のない返事をしたタスクは、風紀委員長が自分自身であるということに不満を持っていた。
『生徒会長盗撮事件』と銘打たれた事件により、風紀委員会が設立されるのは当然の運びのような気もしていたし、それが悪いことではないということもタスクには分かっていた。しかし、その風紀委員会のたったひとりの委員であり、長であるのが自分自身であるということ、それ以前によりにもよって風紀委員会の人間に数えられているということも気に入らなかった。
だが、タスクでなければ嫌だという理事長のわがままも然ることながら、盗撮をされていた会長本人が風紀委員会を設立するなら、タスクが委員長でないと認めないといい、生徒会やその他委員会が全会一致でタスクを推した。
そうしてタスクは仕方なく書状を頂き、風紀委員長を拝命してしまったのだ。
風紀委員会という形さえできてしまえば、委員長を変わることだって不可能ではない。
タスクはそう思い込むことにより、なんとか自分自身をごまかした。
目の前にある、業者によって綺麗にされただろう何もない空き室を眺めながら、副会長が続けた言葉をしっかりときく。
「こちらのカタログから、お好きなように家具なんかは揃えていいそうですよ」
「…こんなん学校の備品でいいだろうが」
「まぁそう言わず。システムキッチンとかも工事してくれるそうです」
野郎の園に不必要そうなものだな。などと思いながら、タスクはカタログを見もしないで、副会長にこう言った。
「ベッドとソファがあればいい」
「サボる気まんまんですね」
副会長はタスクがサボろうとしていることについては咎めることもなく、適当にソファだけは注文してくれた。
「机もあって不便はありませんから」
そう言って机も用意してくれたことには感謝していいと、タスクは思う。
確かにあって不便はない。
不必要に広い空き教室の角に、ぽつんと置かれたソファとローテーブルと、家具のカタログはそれからしばらく、誰が触ることもなかった。
「まずは風紀の取締対象と……人員か…?」
風紀の取締対象については、生徒会が今まで取り締まってきたものを寄越してもらい改案すればいいと考え、タスクは人員を募集することにした。
自分の足を使おうなどと一切思わなかったタスクは、クラスに置かれている自らの席の机の中に大量に詰め込まれているプリントを一枚取り出し、前の席の南田(みなみだ)にボールペンを借りて風紀委員募集と書きなぐった。
その際、タスクはボールペンを貸してくれたという理由だけで、南田を無理矢理風紀委員会に名前を連ねさせた。
南田はただ、後ろの席のヤンキーが怖くて筆箱を差し出しただけであったのに、ひどい押しつけにあったと、後に語る。
その南田忠(みなみだただし)は、結局風紀委員会をやめず、軽くヤンキーをいなしてしまうような人間になり、よく『タスクひどい、最低』と嘆いて混ぜっ返すようになった。
そんな風に適当に募集をかけたわけだから、真面目な募集ごととも思ってはもらえず、しばらくタダシとタスクだけが風紀委員会だった。
「南田、お前…なんでそんなとこで三角座りなんだ?」
「い、いや…俺のよーな一般的でふつーな男子高校せーは、その、なんとゆーか、はい。もう、こういう隅がすきなんですーそうなんですー」
「いや、なんつうか、ビビってそっち行ってんのはわかるから……好きなもん買ってそこ座れ」
「あ、や、もー、椅子とかそーゆー、文明の利器とか、そーゆー、あの、ほら、俺ごとき、ピクニックにしくブルーシートで十分ですよー…」
「いや、ブルーシートピクニックに持ってくの家族連れっつうか…もっとあんだろ…」
風紀委員会に無理矢理いれてしまったタダシは、それでも真面目だったので毎日放課後には風紀委員室に来た。
タダシの順応力はそれなりに高かったらしく、一週間後には、ただサボって寝るだけがほとんどであり、理不尽なこともしてこないヤンキーに慣れ、ソファーの近くに座ってカタログを見ていた。
「そー思えば、俺以外の委員って見たことないんだけどーマッキー」
「なんだ、そのマジックペンのような名前は。それともミュージシャンか?」
「うん、ごめんなさい。えーと、とにかく、他の委員はサボりなのー?」
「いねぇえ」
「……あのプリントの裏のやつ、本気だったのー?」
これはこのままではタスクと何もしない風紀委員会として不名誉極まりないことになってしまうに違いない。そんなことを予感しながら、タダシはカタログに次々と丸を入れ、風紀委員室の調度品を揃えた。
たまにやってくる副会長が熱心にキッチンを勧めてくるので、簡易キッチンの工事もした。
そうして、部屋の設備が整ったあと、タダシは隣のクラスの今村にポスターを作ってもらった。
そのポスターを作ってもらうついでに、風紀委員に勧誘した。
それが、今村蔵人(いまむらくらひと)風紀に入ったその瞬間から副委員長を押し付けられ、今現在まで副委員長をしてしまっている人物である。
クラヒトは美術部員で、それらしくきれいにポスターをつくりあげ、風紀委員募集をしてくれた。 そこにやってきた真面目な生徒は委員長のヤンキーにビビって数を減らし、そのヤンキーにもめげなかった根性のある生徒を荒事の多くなると予測して鍛え、それでもやめなかった生徒を風紀委員にした。
「そう思えば、牧瀬様。牧瀬様になついている犬がいなかったかしら?」
この頃よりクラヒトはタスクのことを『牧瀬様』と呼んでいて、その違和感のなさゆえに、誰からもツッコミを受けていなかった。
「いたなぁ…」
「あれには、ヤンキー共が舎弟としてついていたでしょう?一気に使えるんじゃないかしら」
「あいつ、中等部だろ…」
「いいのよ、粉つけとけば」
「イマムー、粉はひどいんじゃないかなぁ…」
「ニュアンスが伝わればいいの」
この頃にはすでに風紀の名物となりつつあった三人は、そうやって風紀委員会を作っていった。
そう、半分ほどその場の雰囲気とノリで作ってしまったのだ。
だから、生徒会の取締対象を改定するときも、ノリのようなもので決めてしまったところが多かった。
「じゃーそこは風紀委員長の裁量と、気分と、良心で」
「良心とか、あるのかしら、牧瀬様」
「いやーそれなりだよーたすくんけっこーふつーにいい人だよー」
「そうだけど…気分がすごく要因しそうねぇ」
「そだねー。ま、俺はそこのへん、ちょっとだけ、たすくんをしんよーしてるよ」
そんな適当さも、これまでの生徒会が真剣になって考えてきた取締についての資料の改定だったのだから、至ってまともに見え、話している言葉はゆるい上に適当だったタダシが上手いこと書いて改定案を通してしまった。
そして、風紀委員長の初仕事は何事もなく周りの力を借りて終わったのである。



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