会長襲撃事件について


「大体ですね、あなたを襲おうなどという大胆不敵かつ、バカらしいことをするのは一人くらいです」
「そうなのか?」
「ええ、性的な意味でしてくるのは一人くらいでしょう。しかも、自らなんとかせず、それをビデオにとっておかずにしようなどとおぞましいことを考えるのは、一人です。あいつですよ」
アオはしばらくの間、記憶をたどる。
嫌なことはすぐに忘れたいアオは、いつもの記憶力はどこに行ったかと問いたくなるほどの時間をかけて、その一人を記憶の海から取り出した。
「あの変態野郎か」
「ええ、あの変態野郎です」
変態といってもたくさんいたはずであるが、アオの眉間に皺をつくり、思い出すのに時間をかけさせる変態はただひとりであった。
「今回の裏さえとれたのならば、あの変態、退学にできますよ」
「そうだな、完全に退学にできる領域だな」
「しかし、あなたの過剰防衛がどうでるか…」
アオは副会長のことばにしばし、悩んだ。
悩んだ挙句、とんでもない答えをはじき出した。
「もう一度襲われてやろう。それで幕を閉じてやる」
「いや、あなたもこりてくださいというか、それなりに怖くなかったんですか?」
「今度は準備していくから平気だ」
「いや、普通はフラッシュバックするくらいの出来事ですからね?私はうんといいませんよ。きっと風紀委員長だってそうです」
副会長がそう言ってアオのタンブラーを横から奪って水分補給を妨げるので、アオは仕方なく引き出しから未開封のスポーツ飲料を取り出した。
「あいつが言うか?見たとおり無関心野郎だぞアイツ」
「それが好きな人に言うべきことですか」
「好きだから分かってんだよ」
そういってスポーツ飲料の蓋を開けて、一気に容器の半分ほどまで飲むと、アオは一息ついた。
「でも、迷惑はかけるなってスタンスでしょう?」
「…そうだな。だが、降りかかる火の粉は元から潰せ、だろ?」
副会長は忌々しそうにアオのスポーツ飲料を眺めたあと、タンブラーを仕方なく机の上に戻した。
「それはつまり、風紀委員長さえまきこめばオッケーという、非常に微妙な作戦と考えていいですか?」
「いいじゃねぇかよ、あいつ巻き込みさえすれば、俺の精神の安定は測れるんだぞ」
副会長はそれでもうんと言わなかった。
当然である。
「…どうせ、やるって言ったら誰が反対してもやるんでしょ?」
「当たり前だろう?」
副会長が根負けした様子に上機嫌で、タンブラーを自らのそばに寄せたあと、彼は言った。
「これで、また、牧瀬の『風紀だ』が見れるな」
「…はい?」
「あれ、かっこいいだろ」
「……」
馬鹿だし、身の安全が保証できない状態であるのに、少し可愛いなと思ってしまった副会長であった。
その日から会長のペットボトルは消え、副会長が会長専用に用意した冷たいお茶、コーヒーが生徒会室に常備されたのである。



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