しかし、俺が面倒くさかろうと、トノは最初の目的を果たす。あいつはそういう男だ。
「なぁ、この胡椒少々ってのな」
「少々だっつうの。俺に聞くな。感覚だ。これはさすがにまずいだろっていう量いれなければ大丈夫だろ」
レシピをにらみつけるトノは真剣だ。
昔から高雅院に料理を教わっていたのだから、難しいものでもないだろうに、他のことはなんでもできるが故にというより、高雅院が食べるからという理由だけで、慎重で真剣だ。
たとえまずくても、高雅院は食べてくれるだろう。
トノに甘いというより、もともと好意はあまり無碍にしない人間だからだ。
「で、この塩……」
「一回作って調整しろ!つうか、なんで、俺が監修なんだよ」
「料理は記憶だっつうだろ?おまえなら、古城の料理で完璧だろ」
それは間違えていないが、俺よりも高級料理に親しみ、確かな舌を持っていそうなトノに問いたい。
おまえの記憶はどうした。と。
「俺が食うと、高雅院の飯は味がしねぇから」
だめだ、この野郎、本当にだめだ。
俺はレシピを前に頭を抱えた。
「おまえ、高雅院の飯食ったことあるよな?」
確かにある。
奇条に行ったとき、ノリみたいなもので作っていたのを食わされた覚えがある。
高雅院は料理上手といえるだろう。
「やっぱ、本人の慣れ親しんだ味がだな…」
「おまえは、あんな、一回こっきりを思い出してなんとかしろというのか」
しかも同じ料理ではないにも関わらず。
「古城が舌打ちしながら、一回全部忘れねぇか、あの野郎…ってぼやいてたから、大丈夫だ。おまえは覚えている」
「大丈夫じゃねぇよ。なんで無駄に古城のモノマネうめぇんだよ、意味わかんねぇよ」
確かそれをぼやいたのが、いつも何かに挑戦するように有名店のケーキを混ぜてくる古城に、ちょっとしたイタズラ心で店名を言い当ててやったときだった。
しかも、久々に食ったそのケーキの内容が変わっていたため、それを言ったのもよくなかったようだ。
複雑な顔をしていた。
「あの古城が言うんだ、大丈夫だ」
「どの古城だよ、俺の知らねぇ古城さんじゃねぇのそれ」
「どんなに逃れようとしてもだめだ。俺は友人が少ねぇ」
それは自慢げに言うことじゃねぇぞ、殿白河伊周。
そんなわけでトノにつきあって、料理を作った俺であったが、さすがに何時間も続けると料理のこつというか、概要をつかんだというか、雰囲気こうじゃないかというのを発見した。
それを試すべく、珍しくマンションのキッチンで料理を作っていると、いいタイミングで古城がやってきた。
「……何やってんだ、俺の城で」
俺がこのマンションを決めるとき、キッチンを重視して自分が住むわけではないのにやたらと干渉してくれた古城がそういった。
「確かにここはおまえの城だな」
レンジはオーブンレンジがいいだとか、横開きでなく縦開きがいいだとか、最終的には俺が揃えないのをいいことに、自分がほしい道具を自分で揃えてきた。
故に、俺は他人の城で飯を作っていることになる。
「しかも」
「あ?」
「……うまそうなにおいが……」
見たこともない調味料が並んでいて、思わずネットで調べた。
適当に作るにしても、塩やら胡椒やら、このキッチンにおかれているものの種類が多かった。
塩など、ただの塩なのに四種類くらいおいてあり、思わず舐めて確かめた。味や口当たりの違いに驚いたが、今回は肉料理に合いそうで、俺の目指す味に必要そうなものをいれた。
「食うか?」
俺の横から手を伸ばし、フライ返しでハンバーグの端を切ってそのまま口に運ぶ古城。
「……おい」
「なんだよ」
「もう、てめぇは料理すんな」
うまいとかまずいの感想もなくそれだったので、俺はハンバーグを皿にのせ、箸で一口食べた。
「不味いか?」
食べたあとに首を傾げる。
至ってふつうだと思うのだが。
「いいからするな、俺の仕事をとるな」
「いや、おまえがいねぇとき」
「ビニ飯でも食え。おまえに、料理上手になってもらっちゃ困るんだよ。だいたいなんで初めてのハンバーグが粗挽きなんだよ。肉汁広がってうめぇし、しっかりとした味が…ソースいらねぇとか、てめぇはなんでそういう……」
不味かった訳ではないらしい。
「いや、冷蔵庫にミンチねぇから、ネットで調べて」
「てめぇは、本当に、もう、料理をするな。俺の城を勝手にさわるな。わかったか。わからないなら、もう一度言うが」
つまり、古城は自分の城を勝手にさわられたのもおもしろくないというのもあるが、俺が料理をうまく作れるようになると、古城の俺を餌付けするという仕事も奪われてしまうと思っているらしい。
そして、俺が作ったものに関して、特に文句はないというか、危険性すら覚えるらしい。
「俺が飯うまく作れるようになったところで、俺の胃袋はもうおまえのもんだろ」
「バカいうな。胃袋だけじゃねぇよ。全部だ」
たまに古城は驚くほど可愛いことを言う。
俺が笑っていると、古城が盛大にため息をついた。
「笑んじゃねぇよ」
「無理」
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