えーなんでよ、しょごたん


さっちゃんに見送られて入ったお店には、友人が一人。
「よ」
「……げ」
「げ、じゃなくて」
フォークを止めた友人は、ミルフィーユを荒々しく真っ二つにして、皿が割れそうな音を立てた。
「それ、新しいやつでしょ?一口」
「俺ですら、まだ食ってないのに誰がやるかよ」
学科が一緒なら、学部も一緒、専攻も一緒と来てはクラスが一緒でなくてもよく顔を見ることができる。
高校時分から知り合いだったのだから、当然のように声をかけ、別に仲が悪かったわけでもなし、疎遠になる要素もなし、それなりに親しくしていたら、それなりに仲良くなった。
至って普通に友人関係を築いた鬼怒川省吾は、外見に似合わず甘いものが好きだった。
「けーち」
「いらっしゃいませ…って、お前か」
「ちょっと、みやちゃん先輩もなんで、そんなに俺に対してこう…」
ちゃっかりしょごたんの前にある席に座る。それについてしょごたんは何も言わないので、相席について文句はないらしい。
「しょごたんしょごたん、みやちゃん先輩冷たいと思いませんこと?」
「当然の反応だろう?それと、しょごたんやめろ」
「やだー、じゃあ、しょーごちん」
「ああ、もう、どうでもいいわ。雅さん、ミルフィーユとガトークラッシックのハーフハーフ」
「承りました…コウは今月のソーダでいいな」
「いいけどって、俺に選ぶ権利ないの?」
みやちゃん先輩は少し眉を下げて笑うと、首を横に軽く振る。
「あってもなくても、それだというのはしっているからいい」
その通りなのだが。
マスターがおっとりしており、身内経営なところがありながら、本格的なスイーツと飲み物や、軽食が食べられることからちょっとした隠れ家的な店であるそこは、俺の友人をよく見かけられる。
それというのも、その店には俺の友人が二人いるからだ。
一人は今、ウェイターをしている高雅院雅。今はマスターから飲み物の入れ方を習っているところだという。俺はみやちゃん先輩と呼んでいるが長いと、不評極まっている。
もう一人は厨房にいて、たぶんえらくきつい目つきでデザートやら軽食やらを作っている古城蓮だ。しょごたんと仲良くなると、もれなくついてきた友人なのだが、実はしょごたんより気が合うのでたまに会っては遊んでいる。
「れんれん、今日は帰り早いんだって、しょごたん」
「なんでお前が知ってるんだそれを」
早くも俺のことなど忘れてミルフィーユに取り掛かったしょごたんに、俺はふふふと笑む。
「終わったら俺が遊ぶからデース」
「あいつ、お前と遊ぶのホント好きだな」
そんなことを言いながら、俺にまったく嫉妬しないしょごたんは、れんれんの恋人のようなものです。ちなみに、れんれんという呼び名については、ご本人はすごい大笑いしてくれました。そのあと何も言わないれんれんは、気に入ったようだよ。
「なんで動揺の一つもしないのかなーなんでかなー」
「何故か、お前が目の前で蓮とキスしても、動揺しない自信がある」
今月のソーダとハーフハーフのケーキたちがやってくると、しょごたんは、ガトークラッシックをもともとあったミルフィーユの皿に移し、さらにガトークラッシックを一口分、ハーフハーフの皿に移して、俺の方へと皿を押した。
「くれるわけ?」
「食いたいんだろ、新作。そんで、人が食ってると食いたくなるんだろ?どうせ」
よくお分かりで。
そしてしょごたんの男ぶりにときめきが止まらないね。
俺は、新作を味わいたいが、量はいらない。半分位食べたら、もういいわけで、だからといって、ハーフハーフにしてまで他の種類のケーキが食べたいわけでもない。そして、このハーフハーフはしょごたんの財布から出ている。
実に俺を知っている上に、男前な決断だ。
…自分のものが取られたくなかったからもう一個注文した。とも考えることができなくもないが。
「んーおいしい。やっぱ、天才だねぇ、れんれん」
「当たり前だろ。俺のだし」
ぴゅーうとわざとらしくマスターが口笛を吹いた。
あくまでカウンターから離れないマスターは、れんれんの親戚筋の人だ。れんれんを採用したのもれんれんの親戚筋だからということもあるらしい。元はケーキ屋、だったんだって。だから、ケーキはやたら揃ってる。
今でもテイクアウト可能だ。
「で、蓮は、いつ帰るって?」
「えーと。健全に十時には」
「ああ、俺仕事してるわ」
「あらやだ!れんれん、きっとこれは浮気よ!」
他にお客さんがいないのをいいことに厨房に向かってそういうと、厨房から『んなわけねーよ』と笑う声が聞こえた。そうですね、そんなわけないですね。
「だいたい、十時で健全とは言い難いだろう」
「えー午前様じゃないよ」
「お前の基準は信じねぇよ」
俺って信用ないね。
とりあえず、今日おうちかえったら、さっちゃんに『十時は健全だよね?』って聞いてみようと思った所存。
でも、さっちゃんはバンドマンだし、その上ヤンキーだし、どうなんだろう。心もとない基準値かもしれないなぁと思う昨今です。
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