恋人の反応を見るのは楽しい。
だから、からかうのも楽しい。
やりすぎた、そう、やりすぎたというのは解っているのだが、ああも純粋に尊敬の眼差しを向けられると、実は、俺に向けられているのは尊敬ゆえの感情で、恋愛感情ではないのかもしれないと思うこともある。
その眼差しが眩しく、俺もそれなりに男なんだけどなぁ…と思わずにはいられない。
「……雅さんって耐えるよな…」
蓮がしみじみと呟いた。
恋愛感情かどうかもよくわからないが、とにかく自分自身が誰のものであるか、その誰かが人の手に渡ることは未だしも、自分のもとに戻って来ないことを心底嫌だと思っているという、独占欲が強い蓮は、一応恋人なのかもしれない誰かとはほぼ身体から始まっている。だからこそ、俺と恋人の状態は不思議というより、俺を不憫だと思っているようだ。
「俺もよく耐えるとは思うんだが…」
「いや、でも、アレは仕方ないだろ。全然、そういう性的な対象にしていないというか、危うくすると排泄行為すらしてなさそうに思ってそうじゃねぇか」
俺よりもきっと恋人に理解が深いだろう省吾が、ショートケーキをフォークで切り分けながら呟いた。
そのとおりだった。
恋人と一緒に住まないかと尋ねたのは、下心もあったのだが、それ以上に恋人の中での俺の位置を下げてもらうためだった。
もはやアレは崇拝に近い。
俺はそんな素晴らしい人間ではないし、そろそろ、恋人のアイドルでいるのも飽きてきていた。
そう、からかいすぎたのだ。
「羨ましいとかそれっぽいこというくせに、いざそういう感じになると、本当のところ、そういう浅ましい行為は云々とかあいつ思ってるし、たまにいうだろ」
俺はグラスに水を継ぎ足し、苦笑する。
「いつまでもイメージ壊さなかった俺が悪ぃんだけど…そんなに完璧に見えるもんなのか?」
口調は、使い分けるものだと、父親に叩き込まれた。
まるで紳士のように見せる術は母親を見て学んだ。
そうして人間関係を円滑に進めることも、周りを気にして水城を下げないことも心がけてきた。
本当は、少々、長男気質ではあるものの、仲のいい友人たちとどっこいどっこいの性格だ。
「あいつの理想の高雅院雅はすごいぞ?もう、天上の人だ。俺はこっちのが好きなんだけどな」
「確かに俺もこっちのが付き合いやすいな、あんな薔薇か霞でも食ってんじゃねぇのっていう理想よりは」
俺が何か大きなリアクションをすると、未だに対処しきれないデータを放り込まれたパソコンのようになってしまうため、俺は黙っているけれど、付き合って一年も過ぎたため、もう少し…そう、もう少し俺という人間になれてもらいたいものだ。
「そんな完璧な人間好きでもないくせに、なんで、俺だけ高い位置に置きたがるんだ……」
「初恋だからじゃねぇの」
「うわ、マジか…」
蓮が驚きに目を見開いた。
「あれだけ派手な、下半身の噂があったのに……」
下半身の噂というやつは、恋人が隠していても、薄々気がついていたことなので、過剰に反応しないが、なんとも羨ましい話だ。
俺に対して、恋人の雄は機能不全なのではとたまに心配になるだけに、本当に羨ましい。雄として牙を向けられたら堪らないが、それを屈服させるくらいの技量は持っているのだから、本当に純粋に羨ましい。
「噂っつうか、ほぼ事実だな。それだけに、なんつうの、自分はそういう爛れててなんか申し訳ないというか…乙女のような」
「あの面で何考えてくれてるんだ…押し倒すぞ」
「雅さん、最後の本音がすごい、マジ、本気なんで、ちょっと控え……本人の前で言ってみては?」
それを言ったところで、本人がその言葉を理解しないのでは仕方ない。
すぐに混乱に陥るのだから、俺は仕方なく、いつもどおり、紳士な顔してジワリとせめていくしかないのだ。
「警戒されるというか、なかったことにされるからな…無理矢理は趣味じゃないというか、できるだけ納得させた状態でないと不安要素になるというか……実家に帰りかねない」
混乱の果て、事実がどんなに目の前にあろうとなかったことにされてしまい、最終的には自分が浅ましい気持ちで云々と言って家に帰りかねない。
「うわー俺、雅さん応援するわ…」
「俺も……あと、尊敬するわ…」
たぶん、恋人の殿白河伊周と一番仲がいいだろう二人に同情され、俺は今日もため息をつくしかない。
ああ、キスさえままならない。