珍しいな、古城


携帯の振動音で、起こされる。
ぼんやりと携帯を操作して、メールを確かめると電源をつけっぱなしにしてあるパソコンに視線を向けた。
「……おい」
ソファベッドから聞こえる声に、そちらに目を向けると、手招きをしているのが見えた。
俺はその手が揺れるのを見ながら、携帯に着信したメールの内容を脳内で繰り返す。
内容はどう見たって仕事を頼みたいというものだ。
「鬼怒川」
俺は携帯をもったまま微動だにせず、パソコンを操作する。
「省吾」
ああ、不機嫌なんだな。なんとなく、ソファベッドにいる人物の声から察すると、キーボードを数回たたき、パソコンをシャットダウンする。
寝起きで不機嫌なのか、何か気に障るようなことをしたか。
椅子から立ち上がり、ソファベッドの上で寝ていた古城蓮に近づく。
「起こしたか」
「それはどうでもいい」
古城は手を引き、ソファベッドの上に俺を引き寄せる。
「お前はマンションのみならず、ベッドも使わねぇの」
「寝ようと思ったら使う」
「じゃあ、なんで椅子の上で寝てんの」
「気がついたら」
舌打ちが聞こえた。
不機嫌の理由がなんとなくわかった。
大学に入ってからというもの、単位を取ることと事務所で仕事をすることに終始していた。
俺と古城は恋人というか、たぶん世間的にはそういったものなのだろうが、とにかくお互いの所有物であるのは、確かな関係だ。
二人で何処かへ行くということもしなければ、二人で遊ぶこともしない。
お互いのことを大切に思っているというのとは少し違い、身体の心配などもあまりしない。
ただ、色々度が過ぎると、互いに不満がたまる。
たとえば、古城が忙しくて、俺が古城の作ったもの…特に甘いものを食べられないとき、俺は古城が翌日どうであろうと押し倒す。
たとえば、俺が忙しくしていてこうして簡易なベッドにもいかず寝てしまうのが続くと、今度は古城が不機嫌になる。
古城は気まぐれなところがあり、不機嫌であると訴える手段が毎回違うが、一番不機嫌である場合、殴りかかってきた挙句、俺を押し倒す。
今回は、飯を作らないわけでも、菓子をつくらないわけでもないので、マシなほうだ。
「もう少し、俺を構ってもバチはあたんねぇよ」
男二人には狭すぎるソファーベッドに無理矢理身体を収めながら、思わず笑ってしまった。
「今回は、珍しく可愛いこと言ってんのか」
「たまには」
「たまになァ?」
笑う俺の喉元に噛み付いて、古城も笑った。
「省吾」
機嫌はまだ治っていないらしい。俺のことを省吾と呼ぶときは大抵、不機嫌だ。…一部例外を除き。
「メールの依頼断った。しばらく休む」
噛み付いた場所を何かが撫でた。
「よし」
まったく疲れているのに、俺も元気だな。
next/ 自己紹介がわりの一幕top