始まりは、いつもの通り、トノのわがままからだ。
「一緒に暮らさないかって言われた」
わがままと言うより、惚気だった気もする。
俺は、雑誌をめくりながら、そうか。と頷いた。
OL向けのスイーツ特集の地域情報雑誌が、俺には少々買いに行けなさそうな場所を紹介していた。
うまそうだな、ホームページはあるだろうか。そんなことを思いながら、店名を探す。
こういった雑誌は大抵、店名の下にホームページアドレスがあったりするものだ。
なければ、住所が次にくる。
残念だが、そこに行くことはまず、ない。
「一緒に暮らすなら、掃除はもちろん、洗濯、食事も交代制だろう」
「そうだな」
友人ののろけ話には興味がない。
俺は頷いて雑誌の頁をめくる。
「掃除、洗濯はいい。できる。だが、食事が問題だ。俺も多少は作れるとはいえ、半年も作れるとは思えない」
おまえは半年も違うメニューを作るつもりか。いや、それよりおまえは高雅院を家に帰さないつもりか。そんなことを思う。
本人は自覚していない。
つっこみをいれると、友人はきっと深く考え込んでしまうため、俺は気のない返事をした。
「故に、特訓をしたいと思う」
そしてその特訓とやらは俺がつきあう訳だな。
そう思って、俺の雑誌と一緒に購入し、俺の袋に勝手につっこまれた雑誌のタイトルを見る。
365日の簡単節約レシピ。
主婦向けのレシピをまとめた雑誌だった。
付録として、これで完璧!あなたもお弁当マスター!という冊子も入っていたが、これは見なかったことにした。
お弁当は彩り鮮やかで、栄養もすばらしく、うまそうで、かつ、うまいやつでとか勝手に悩むに決まっているから、できることなら、この冊子はそっと、事務所の本棚に隠したい。
どうせ、巻き込まれるのは俺に決まっているんだから。
「それでだ。古城はプロの味でくるというか、最終的に教えるの面倒くせぇとか言い出すに決まっているから、おまえと特訓しようかと」
「俺は特訓する必要ねぇんだけど」
「バカ言え。いくら古城でもおまえの飯ずっとつくらねぇだろ。俺らと違ってあいつ、社会人だぞ」
言っている意味は解る。
言っている意味は解るが、俺は、トノにいわねばならないことがあった。
「おまえ、もしかして、古城が俺と一緒に住むと思ってないだろうな?」
「は?住むんじゃねぇの」
古城が俺といることはすっかりトノの中では当たり前であるらしい。
それに、寮で同室になって以来、一緒に暮らしているようなものであったから、今更、俺と古城が一緒ではないということを思いつきもしなかったのだろう。
「いや、古城はバイト先の店の近く」
「ケーキ屋の近くか?」
「そう。で、俺は、ここの近く」
「事務所の?なんで、おまえら、その中間地点で同棲しねぇの?」
自分だったら、同棲とかいわねぇくせに、他人のことなら簡単にいうトノに、俺はようやく雑誌から顔をあげた。
「なんで?は俺だ。なんであいつの顔毎日見なきゃなんねぇの?」
トノが俺を二度見した。
それほど驚く発言だっただろうか。
「ハァ?おまえら、できてるよな?」
こいつは、本当に他人のことだと言いたい放題言うよな。
俺はそう思いながら頷く。
「そうだな。肉体関係はあるな」
「いや、恋愛的な意味でも」
「そこはちょっと大きく見るとそうだな。変に難しくいうと違ぇ感じだが」
「おまえら、単純なようで、複雑だな。あー…でも、おまえと古城って恋人飛び越えてる気はすんだよ。家族ともなんかちげぇ。夫婦もちげぇし。なんつうの。難しい。所有物が一番ちけぇか?」
トノの言うことに間違いはない。
確かにあれは、俺のものだ。
「そんな感じかもな。だから、好きなときに好きなように会いにいくっつうか。会いたくねぇ時もあるから、一緒に住むのは都合悪ぃっつうか、一緒に住んでるってのがなんか、邪魔くせぇ時もあるつうか」
今までは決まり事みたいに生活時間が違うから我慢できていたというか、同じ空間にいる人間が多かったから我慢できた部分が、マンションという、一つの家という形に収まることで我慢できなくなるだろうと、俺と古城は思ったわけだ。
「常に一緒にいたいとは思ってねぇんだよ」
「おまえ、面倒くせぇって女にいわれたことねぇ?」
なくはないので、曖昧に流しておいた。
それよりおまえ、365日の節約レシピはどうしたよ。という方向に流さなかったのは、俺も面倒臭かったからだ。