朝から男の裸なんざ見たら萎えると言われて、俺は服をきたまま風呂に入る。わざと服を濡らされて、俺が不機嫌になれば知らん振りをされた。
それは鼻歌混じりに、背中を洗えと言われれば、タワシで削ってやろうかという気にもなる。しかし、そこは黙って堪えて言われた通りに洗ってやると、今度は頭を洗えと言われた。
流石に濡れるのはもう諦めたが、諦めたからこそ、腹が立つより、悪戯してやろうという気になってくる。
「忙しいって嘘だろ」
手に乗った液体を両手で少し泡立てつつ、悪戯を開始する。
耳の先端を齧ると、古城が不満そうな顔をした。
「嘘じゃねぇけど」
ご機嫌をとるように髪を洗いながら耳の後ろを執拗に撫でると、少しだけくすぐったそうに、古城が笑う。
「けど?」
「……罰ゲーム、受けられねぇほどでもねぇな」
仕事から帰って、着替えもしないでソファに倒れこめただけでも褒めたいくらいの忙しさではあったものの、仕事を管理しているのは俺だ。
細かい仕事を少なくすることもできた。
俺は、古城の髪に泡と、まだ泡になっていない液体を擦り付ける。
「何されると思ってたんだよ」
頭を掴むように、頭皮を揉むように指を動かしながら、鼻に噛み付くと、再び不満そうな顔をされた。
「この前の仕返し」
「……俺は、今、この前の仕返しより、この中途半端なの止めろって殴りてぇ」
「殴ったら、シャンプー目に入りそうだな」
シャワーを浴びせながら髪を洗ってもよかったのだが、そうなると、さすがにこちらはびしょ濡れだ。後が面倒なので、風呂に入らせ、やけに偉そうに見える格好をさせ、頭をこちらに向けてもらった。
そのため、殴るような大きな動作をすると、シャンプーが目に入るどころか、危うく水没してしまう可能性まである。
「残念だな、殴れなくて」
「これ終わったらぜってぇ殴る」
「それは困る。避けきる自信がねぇ」
額のあたりから後ろへと、指を立て手を横に動かしながら移動させる。
「大人しく殴られろ」
今度は手を縦に動かしながら、古城の下唇を噛む。
今も不満げな顔しかしていないだろう古城に、もう一度言ってやる。
「それは困る」
唇の隙間を舐めてから、唇を合わせた。
待っていましたとばかりに濡れた手が伸ばされる。頭に生ぬるいものが伝っていくのを感じながらも、離れていきそうもない手に応えるために、咥内に舌を入れた。
いまや、服だけではなく、頭まで濡れてしまっている。場所によっては泡までついてしまっているだろう。
普段とは違った方を向いてのキスは、やり難いようで、次第に古城の手に力が入ってきた。俺も、キスがしづらくて、もうそろそろこの悪戯をやめたいところだが、古城がしつこく舌を離さず、さらには手も離さない。
仕方がないので、悪戯を続行することにした。
髪を洗っていた手の一つを、古城の肩に乗せる。肩から肌を伝って湯に侵入し、あるものを探す。見つけて引っ掻いてやると、古城の舌が一瞬止まり、僅かに手の力が緩んだ。
その一瞬を狙って、口を離し、顔を上げると、古城は思った通りの不満顔を晒していた。
「……もっと」
罰ゲームより、欲求不満で不機嫌だったらしい。
「あとでな」
悪戯成功に気をよくして、引っ掻いたそれを抓むと、古城が眉を寄せた。
「後?」
声が必要以上に低いのは、再び不機嫌になった印だ。解りやすいが、実に面倒くさい。古城はあまり我慢を知らない男だ。
「そう、後」
髪を流そうとシャワーをとると、タイミングよくそのシャワーを奪われ、八つ当たりにこちらに向けられてしまった。
俺もこんなことをされるくらいは解りそうなものだが、まだ疲れているのか、簡単にびしょ濡れになって唸る。
「我慢できるかよ」
「……少しは我慢しろよ」
「ご馳走が目の前にあって、我慢できる犬の気分が知れねぇ」
「猫耳つけたおっさんは、ご馳走か?」
古城が、いつも通り鼻で笑った。
「猫耳とかおっさんとか、そんなんはどうだっていい。てめぇがご馳走なんだっつうの」
俺が古城の発言にいつも通り、ぬるい笑みを浮かべていると、古城は勝手に、シャワーで自分自身の髪の泡を流し、手で濡れた前髪をかき上げた。
オールバックになると、怖い顔がさらに引き立つ。
「おまえ、オールバックよく似合うな」
「褒めてねぇだろ」
不機嫌な顔は相変わらずだ。
「褒めてる褒めてる。水も滴るなんとやらだ」
「褒めてねぇ。絶対褒めてねぇ」
浴槽からでると、俺の隣にしゃがみ込み、古城は風呂の縁を手で叩く。
「座れ」
「あ?」
「いいから、座れ」
古城に言われた通りに座る。
俺が座ると古城は迷いなく、ベルトを外し始めた。
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