気になる人間と二人きりで、繁華街をブラブラする。
それをデートといわずしてなんというのだろう。
雅は、携帯電話に表示された文章を読み直し、就寝の挨拶だけをメールで送信した。
「おっと、会長殿、明日はデートだったかな」
「お前もデートじゃなかったか?」
雅は会長というだけで広い部屋を一人で使っていたが、今は友人である副会長の那須龍哉が来ていた。
龍哉は、ベッドからゆっくり立ち上がり、勉強机の前に座る雅にこう言った。
「お部屋デートだ」
「いかがわしい匂いしかしないな」
「もちろん、そのつもりだが?」
友人の貞操のなさを知っている雅は、苦笑して、部屋から出ていこうとしている友人についていく。
「橋上とはうまくやってるのか?」
「ああ、ヤってるヤってる」
「なにか含みがある言い方の気がするが」
龍哉はメガネを胸ポケットに入れ、雅を振り返る。
いつもはメガネの枠の下に隠れている泣きボクロがよく見える。龍哉は、揶揄いを全面押し出しした表情をし、雅の肩に両腕を置いた。
「何?羨ましい?雅がヤってくれても……いいぞ?」
そのまま包み込むように腕を柔らかく曲げてくる龍哉の後頭部を右手で掴むと、雅は笑った。
「その気にさせてやろうか?」
指に力を入れる。
龍哉の眉間に皺が寄った。
「やる気、やる気の意味が違う…ッ…手加減どこ置いてきた…!」
「そこのゴミ箱に、今、すてた」
「捨てるな捨てるな痛い!痛いから、やめるから、離せ!」
雅が手を離すと、龍哉は後頭部を押さえつつ、一つため息をついた。
「なんで、お前はこういう態度を殿白河会長にとらないんだ……」
「アレは悪意がないからだ。お前のは悪意しかない」
「素直にちょっと気になってるって言えばいいだろう?」
再び悪戯好きが龍哉の顔に出てきたが、雅はその悪戯をものともしなかった。
「そうだが、何か?正直、あれだけ素直に反応されると、こっちだって、それは気になるだろう?その気がなかったから一度振ったし、態度だってあのとおりなのに、あの熱量を持っていられるのは……かわいいだろう?」
しばらく龍哉は後頭部を揉みながら、考えた。
確かに可愛いと言えたかもしれない。
しかし、それは、相手に好感を持っていなければ成り立たない
。
なにせ、彼は誰が見てもかっこいいと言われる部類の男前で、身長も今は雅よりも少し高いくらいだ。
体格もいい方に入る。
異性しか好きになったことがない男が好きになるには、少し不思議なように思える。
「俺は、どちらかというと、お前の方が好みだが」
「お前の好みは聞いていない」
計算高い人間が好きな龍哉に、雅は嫌な顔をして、再び盛大にため息をつく。
彼は確かにかっこいい。
傲慢そうな様子も、その裏に努力があるからで、その努力を表に出さないところも好感が持てる男らしさだ。
そういう、プライドが高く、難しいことも簡単にやってみせ、まるで当たり前みたいな顔をしている男が、何故か自分自身の前では、調子が狂ってしまう様子が、雅には可愛く見えていた。
弟のような幼馴染が二人もいるせいで、弟分くらいにしか思っていなかった。可愛く見えるのは、果たして弟分だからか、それ以上の感情を持っているのか、雅には少し判別がつき難い。
「じゃあ、お前の好みはどうなんだよ」
「……好きになった奴が好み」
「逃げ口上だろ、それ」
玄関前で靴を履く友人に、曖昧な笑みを浮かべ、雅は少し視線をずらす。
「大人しめの大和撫子」
「貴重な人種か」
「だから、好きになった奴が好みだっつう」
「なるほど、なかなかいないもんな。で、殿白河会長だが。正直、恋愛対象にするのは難しい。そういう顔してるよな、アレは」
すぐに思考停止して、当たり障りのないことを言い出し、最終的には訳のわからないことになってしまっている彼を思いだし、雅は口元を抑える。
「そう…かもしれないな?」
友人との認識の違いに、これは、やはり、そういう意味で『気になる』でいいのではないだろうか。
そんなことを思いながら、雅はこう言い切った。
「なんにせよ、気になるなら、キープする主義だ」
「お前、ほんっとう、悪い男だよ」
「お前に言われたくない」
軽く言葉を投げたあと、二人で互いに顔を見合わせ、吹き出す。
「ああ、明日デートなのに悪かった」
「いや、お前もデートなんだろ?」
「そ」
「「お部屋デート」」
そうしてもう一度笑ったあと、龍哉は雅の部屋を出ていった。
「さて、明日はこの間買った服でも着ていくか」