先程まで、視線すら許せず、自分自身の魅力で雅を隠そうとしていた彼が、雅から関心を別へと向けた。
それは、雅にとってつまらない事だった。
だからといって、少しの間彼の関心がなくなったから奪い返すというほどのものでもない。だからこそ、彼の関心が向いているほうへ、雅は視線を向けていた。
そこに溶け出すソフトクリームを持った、遠くからでも判別のつきそうな、どこかで見たような姿の少年を見つける。雅には、この少年の姿に心当たりがあった。
雅の友人の一人である那須晃二が、他人で遊ぶためだけに少年と同じ格好をしていたのだ。
雅は思う。
この少年は何故、他人の視線が気になる年頃であるにも関わらず、黒くてぼさぼさの清潔そうに見えない鬘と明らかに前時代的な眼鏡をかけているのだろう。
雅が考えているうちに、ソフトクリームはコーンから滑り落ちる。
「あのソフトクリームは落ちるな」
思わず呟く。
子供のように泣き喚いて主張する少年を見ながら、彼の関心が戻ってこないことに、やはりつまらないと思う。
雅は少年を黙らせるために動いた。
「…さっきのソフトクリームは残念だったな。一口しか食べてなかったんだよな。落ちてしまって、それは悲しかったな。アレがよかったんだよな?買ってもらえて嬉しかったんだよな?でも、落ちてしまったんだ。買ってくれたのは?」
雅は幼い子供の扱いに慣れているわけではない。
雅の近くにいた幼い子供といえば、幼い頃の幼馴染くらいであったし、確かに弟分のようには思っていた。
だが、十夜も皐も聞き分けのいい子供だった。
初めて接するケースである。
しかし、雅は少年の言葉をただ繰り返して理解して話しているように見せかけた。
そういった人間観察とはったりは、雅の得意とするところである。
少年はそれに、騙された。
少年だけではなく、彼も騙されてしまったのは、雅にとって少し面白いことだった。
何処まで信じてしまうのか、少しからかうつもりでそれらしい言葉を重ねた。
その結果、彼の関心は取り戻せたのだが、高雅院雅という人間の格も上げてしまったらしい。
彼は複雑そうな顔をしたが、隠し切れない尊敬が目を輝かせた。
それを可愛いとは思ったものの、少し、悪いことをしてしまったと思う程度には、雅の良心も痛む。
少し反省して黙っていると、急に彼が笑い出した。
おかしくて仕方ないといった様子で笑うものだから、彼が気がついていないのをいいことに、雅はその様子をじっと見つめた。
「何してるんだ、俺らは」
そういって笑い続ける彼は、普段、雅に見せている、雅によりよく見せようとしている姿でもなければ、そうしようとして失敗している姿でもなかった。
「そんな笑い方もするのか」
柔らかい声が聞こえる。
他人事のように雅は自分自身の声を聞いた。
自分自身がどういう顔をしているのか、雅にはわからなかった。
けれども、彼が顔を赤くするものだから、雅は自分自身がどういった表情をしているか察してしまった。
雅は自分自身のしたであろう表情と、彼の様子を笑う。
今、誑し込んだら、殿白河伊周は簡単に他所に関心を持っていかれることは無くなるのだろうか。
ふとそんなことを思いながら、雅は手を伸ばす。
好感がなければ、こんなことをしても誑かされない。
雅は優しいといわれる表情を意識的に浮かべ、彼の関心を手に入れた。
「……どれくらいの好感で見てんだか」
呟いた言葉は、彼には届かなかった。