チカのファッション。


似合いそうだな。
そう思って、雅は帽子の値札を探し、渋い顔をした。
「雅」
近くで帽子を被っては元に戻していた幼馴染の皐が、同じように値札を見て首を振る。
「十夜、行きつけ、高い」
夏休みに入る直前のことだ。
生徒会の引き継ぎ合宿に行く前に、雅は幼馴染たちと買い物に出かけていた。
その帽子があったのはもう一人の幼馴染みである十夜に付き合って来た店だ。帽子などの服飾小物が有名な店だった。
雅は十夜がレジに行っている間に、暇つぶしに商品を眺める。
ネックレスにピアス、ハットピンにブローチ、帽子に髪飾り……女物から男物まで、ライトアップされた商品たちは布までキラキラと輝いているようだ。雅は少しの場違い感を味わいながらも、それらの商品を流し見る。
不意に、一つの帽子に目が止まった。
シンプルで形の良い黒にも見える、深い緑の中折れ帽だ。
見た瞬間に、雅は思った。
似合いそうだな。
思った後に、雅は自問自答する。誰に、似合っているとおもったのか。
まるでフラッシュバックするように脳裏に浮かんだ姿に、雅は更に渋い顔をした。
「帽子、欲しいなら買うが」
帽子の値札を持ったまま唸っていた雅を、十夜は一言で現実に帰す。
「またそうやって金を使う……買うなら自分で買うから大丈夫だ」
しかし、そうして帽子を買って、自分は何をしたいのだろう。雅は心の中で問答を繰り返す。
その帽子が欲しいとは思う。価格が手ごろなものならば、即決していた。だが、買った後、雅は自身が被っている想像ができない。
雅はただ、値札を見る。
悩んでいるが、買った後のことを考えて、手が出せないでいるような気もしていた。
「そうか?だが、ここの帽子は人気だぞ。今買わなければ、二度目はねぇ」
普段はひやかすだけで終わるような店だ。人気があるということを知っていても、品がどれほどの数、どれだけの期間に売れるかを雅は知らない。
十夜の言葉を信じるのならば、ここで帽子を買うのが正解だ。雅は財布の中身を思い浮かべた。
買えなくはない。
「帽子、似合う、たぶん」
皐の声に雅は値札から目を離した。皐の言わんとすることがわかったからだ。
「本人目の前にしてたぶんはねぇだろ」
十夜は皐のいったことを掴みかねたらしい。雅がちらりと見た皐は、少しだけ楽しそうな様子で、薄っすら笑っていた。
皐はあまり性格が良いとは言えない。いつも一緒にいる同室者の性格の悪さばかり目立って、その良いとは言えない性格が隠れてしまっていた。
だから、雅が似合いそうだと手にとった帽子が、誰に似合いそうであるかわかっていて、その上で金額面だけで買うかどうかを悩んでいることを揶揄うように呟くくらい、お手の物なのだ。
皐の笑みが意地の悪いものにしか見えず、雅は再び帽子に視線を落とした。
何度見ても、その帽子は雅に一人の人物を思い出させる。
「……観念するか」
ポツリと呟き、雅は帽子をレジに持って行った。
包んでくださいと店員に頼みながら、雅は、雅を慕って止まない彼を思い出す。
殿白河伊周。
帽子は彼に、似合いそうである。
雅はそう思っていた。
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