めんどくせぇ…。
彼は床に転がりながら、痛む腹を抱え、そう思った。
昔から彼は面倒くさがりだった。
小さいことから、大きなことまで、一度面倒だと思うと、そう思わなくなるまで実行にうつすということがなくなる。
そういう質なのだ。
今している仕事は、しがない整備員で、電気が切れたといっては西へ東へ、自動販売機が壊れたといっては北へ南へ。そういうことを年がら年中ひがな一日している仕事だったはずだ。
それはそれで、彼の『面倒』に引っかかる範囲の仕事ではあったのだけれど、嫌いな仕事ではない。億劫になるほどの仕事ではなかったのだ。
しかし、彼は勤務中に、床に転がって何もしたくなった。面倒で仕方なくなった。
首も動かさず、見える範囲で床から見上げる風景に溶け込む数人の人間。
全員が男。
全員が高校の制服を着ているが、誰一人として、生徒手帳のいうところの正しい制服姿ではない。
髪の色も規定より明るかったり、変わっていたりする色だった。
このまま眠ってはいけないだろうか。
あまりの面倒くささに、手っ取り早く眠るということで現実逃避をはかろうとした彼を、彼が風景にしてしまった人々は許さない。
「てめぇ、何落ちようとしてやがんだよ!」
気を失おうとしているわけではない。
眠ろうとしているのだ。
反論する気もなければ、今から立ち上がってこの場を去ろうという気もない。
たとえ数人の人間が睨みつけてきても、蹴りつけて来ても、この面倒くささには適わない。
明日は病院に行かなければならないかもしれない。
それすらも面倒だが、もう既に考えることすら面倒だった。
とりあえず流されるままに蹴られ、文句でも言われておこう、彼はそう思っていた。
「なにやっとるん?」
漸く彼の風景から飛び出した人間が現れた。
髪の色は他と同じようだし、同じ高校生だということもすぐ知れた。
風景から飛び出したのは、その言動。
「ウザイから、やめてくれんかな?」
薄目ほどしか開いていない目を、少し開け、もう一度、彼は風景を見ようとした。
高校生の平均身長より高いだろう背、明るく脱色した髪に僅かに暗い髪のメッシュ。見るからに艶の無いその髪を触りたいという欲求に駆られ、彼は漸く身体を動かす。
面倒くささより欲求が勝つのは、一体、いつ振りだろうか。
「あ、生きとる生きとる」
髪の痛んだ少年が笑う。
正直に、『欲しいな』と思い、目を見開く。
強すぎる目力はいつも、こうやって絡まれてしまう要因になってしまうことを知っていながら、彼は、少年だけを見詰める。
「睨まんといてよ。とにかくさ、あんたらさっさと消えん?」
睨んでいないのだが、否定する気はない。それくらい、少年のことを見ている自覚が彼にはある。
風景が動き、少年だけになった。
何か言っていたが、彼には聞き取ろうという意思が無かった。ただ、少年を視界に治め、ゆっくりと床に手をつく。
身体を起して、その痛みにうめくこともしないで、よろよろと立ち上がる。
少年から、一度も目を逸らさずに。
「やから睨らまんといてよ。…助けたとかいうのどうかとおもうけど、助けたんよ、俺、あんたを」
それでにらまれては確かに不本意だな。そう思い、僅かに口角を上げる。もちろん、視線は離さない。
彼がいくら面倒くさがりでも、面白ければ笑うし、腹が立てば怒る。
笑った彼を不気味と思わなかった少年が、再び笑う。
「怖い」
そう言いながら、少年は表情を変えることはなかった。