それが、一年ほど前のできごとだった。
彼の名前は上条ヒサヤ、とある学校の整備員をしている。
敷地内にある職員寮の片隅に設置された喫煙所で、今日も煙草をふかしている。
青いベンチに座ることなく煙草をすっている彼の傍らには、あの日の少年が嬉しそうに彼を見上げている。
少年の名前は時田カナメ。この学校の一生徒だ。
「上条さん、煙草吸ってる時が一番かっこええねぇ」
あの日以来、妙にカナメに懐かれてしまったヒサヤは、カナメに見つけられてはこうやって、何をするわけでなく一緒にいる生活を送っている。
ヒサヤはソレを面倒だと思うことなく、むしろ楽しんでいて、たいした不満も無く、この生活を楽しんでいた。
「こんなにくどいてんのに、反応無いなんてイケズやわぁ」
「すぐ反応してもらいたいならもっとその気になるように誘え」
「そやねー上条さん、その辺の飢えてる人と違うしねー色目つこうて、褒めたかて、うまいことせやんとその気になってくれんし」
ベンチから彼を見上げるカナメは、不良と呼ばれる姿をしているし、巷でもそう呼ばれるようなことをしている。そうでありながら、老若男女がこぞって褒めるような整った顔で、男らしい。
言動は軽めであるし、すぐ笑うので、印象は『軽い』のだが、やることはそう軽くない。
ヒサヤが床に転がされた、その日のうちにベッドインを果たそうと、そのあとヒサヤに絡んでこようとも、けしてカナメは軽くない。
むしろ重いくらいの心持ちであることを、ヒサヤは良く知っている。
わりと思い込む質で、ヒサヤがカナメのことを、未だ、布団の中ですら『時田』と呼ぶことも気にしているし、ヒサヤの『面倒』になることだけは無いように気をつけていることも知っている。
一年というのは短いようで、長い。
「まったく七面倒くさい性格だな」
すぐにそう言ってため息をつくヒサヤに、何度そう言われてもビクつくカナメのことも知っている。
…そこが可愛いと思っているから、何度もそういってしまう自分自身にもヒサヤは気がついている。
「すぐ反応されても困るんだろう?今夜どうにかしたいなら、寮から抜け出して来い。お前が何をしなくても、期待以上のことしてやるよ」
カナメの痛んだ髪の毛をさらりと撫でて、笑ってやる。
カナメはそれだけで、いつもより満足そうに笑う。
「じゃあ、頑張って抜け出す。待ってて、だーりん」
「おー。まっとくわ、ハニー」
煙草を灰皿に押しつぶして、彼は軽く手を振る。
休憩時間はこれで終わりである。
「あー……上条さんどないしてあんなにストイックでかっこいいん…!」
ベンチの上でもだえる青少年が、呟いた言葉に、ヒサヤは思わず噴出す。
聞こえないと思っているところが、いかにもカナメらしい。