どうして彼は高雅院雅が好きなのか。
聞かれれば、高雅院雅が高雅院雅である故だ。と彼は答える。
出会いは高校一年の秋。
高校の体育祭の出来事。
認識は応援団が上る雛壇が崩れたそのとき。
他校の生徒会長である高雅院雅は、冗談のようにうまく作ったでかいだけの極上の女になっていたが、スカートを破り無理矢理スリットを作って、人に指示を出しながら崩れた雛壇から落ちた生徒、下敷きになった生徒を助けた。
その姿勢は素晴らしく、賞賛されるべきそれで。
一瞬戸惑った彼を瞬時に立ち直らせるものだった。
彼はその時に、自分はこんなときに何も出来ず立っているしか出来ない己を恥じ、そして高雅院雅を尊敬した。
ただ、尊敬した。
そのとき既に高雅院雅という存在に惹かれていたといっても過言ではない。
そんな彼の想いを決定付け、確信させたのは数日後、美術展に行ったときだ。
体育祭の混乱に力を尽くしてくれた皆様にと、感謝状と直接のお礼を言いに行くと、高雅院雅はその件で助けられた人間からいたく感謝され、気持ちだからと貰った美術展のチケットを持って、ちょうど来ていた彼を誘った。
普段であれば、彼は美術展に行くことを断っていただろうが、相手は尊敬している高雅院雅で、誘ってくれたその日は何の予定もない休日。
二つ返事をして、時間よりすこし早めにいくと、既に高雅院雅はそこにいた。
制服を脱いで私服になった高雅院雅は、そこにいる誰よりも静かで、誰よりも綺麗に見えた。
絵のようだ。
そんなことを思いながら声をかけると、ふわりと笑い、なんのことはない日常会話をしながら、美術館に入った。
高雅院雅は意外と静かな男だった。
話す声も落ち着いており、歩調もゆったりしているように見える。
1を話せば10かえってくる会話も、あといえばうんとくるタイミングも、心地がよい。
多くは語らないけれど、少なくもない。気が利いた冗談もいう。
この男、完璧なんじゃないだろうか。
そんなことを彼が思う頃、高雅院雅は一つの絵の前で止まった。
深い、深い、青だった。
カンバスの四隅は暗く中心に向かうごとに青になっていく。
海のようであり空のようでもある。
広がったのは青さではなく暗い色であるのに、何処までも青を思わせる。
その中に沈む何かは酷く不安定で、彼には寂しく思えた。
その絵を見て、高雅院雅は何の前触れもなく、静かに、泣いた。
彼は声もなく驚くと同時に、声をかけることもできず、何も出来ないでその場にたたずんでいた。
「あぁ、すまない」
指をまげて目じりをなぞり笑った高雅院雅を見た瞬間、彼は心臓が壊れたと思った。
こんなに静かなこの場所に、なんともふさわしくない動悸がおさまらずに息切れしそうになって、思わず彼は首を横にふる。
「泣くな」
照れ隠しみたいに出てきた言葉が最悪で、表情を歪める前に高雅院雅が感心したように言った。
「殿白河会長は男前だな」
男前で格好よくて、人のうえにあり、偉い立場で、何様俺様殿白河伊周様というのが通常の彼だったから、高雅院雅のいうことは当然至極もっともなことであったにもかかわらず、彼は小さく震えた。
嬉しいと素直に思った。
誤魔化すでなく恥じるでなく、てらいなく、自然体で、物事を誇張するでもない高雅院雅が誰より何よりかっこいいと思った。
その日の高雅院雅があまりにも彼にとって大事すぎて、その後どうやって帰ったか、彼は覚えていない。