午後、最初の色物競技は借り物競走だった。
「あぁ、いきたくねぇ…」
「俺だって行きたくねぇよ」
「しかも…また最後か」
「おいしいところは最後にってことだろ」
いやいやながらに並んだ借り物競走の列で風紀委員長と顔をあわせ、同時に溜息をつく。
彼が項垂れたあと、顔を上げて確認した場所には、高雅院雅がいた。
それだけではない。
何故か雅の通う学園の元副会長、現会長、副会長、現風紀委員長、副委員長がいた。
「あの集団、濃くねぇか」
白鴬の風紀委員長、鬼怒川省吾が呟くのも仕方ない。
誰がみても、そこだけオーラが違うのだ。
何故今まで気がつかなかったのだろう。彼は思った。
高雅院雅もさることながら、元副会長である那須龍哉(なすたつや)はこの学園に通っていてもそれなりに人気が出るだろう容姿をしている。
それだけでなく、いかにも悪そうなことをしそうなその顔は、熱狂的なファンさえできるかもしれない。
その隣でプログラムを見て傍にいる現会長と話している現副会長那須晃二(なすこうじ)も、美形とは言わないものの何処から見ても見つけられるほどの存在感と派手さがあり、現会長灰谷皐(はいたにさつき)も知る人ぞ知る有名人で、密かにちらちらと視線を向ける生徒もいる。
現風紀委員長水城十夜(みずきとおや)は男前で、なにやら先ほどから不良連中が多く存在するクラスから熱視線を受け、鬱陶しそうであり、その隣で水城の肩をポン…と叩いて首を振った風紀副委員長、本宮遼(もとみやりょう)もたまに向ける無駄に色っぽく見える冷たい視線に生徒たちはどぎまぎしているようだ。
「あの三人、そろったら信号機だな」
「……今、気がついた…!」
「おまえは、本当に、高雅院しか見てないよな…」
鬼怒川が言うとおり、灰谷、水城、本宮がそろうと、髪の色が信号機のようだった。
水城は黄色ではなく金髪であったのだが、色合い的にはそのようなものである。
彼らがそんな話をしている間にも、借り物競走は白熱していた。
だいたいがかりるものが人であること。当たったらいやだなぁという籤ばかりが用意されていることだけは、現実逃避に世間話をする彼と鬼怒川の耳にも届いていた。
お決まりに、『好きな人』『かつらのひと』まで出た。…『かつらのひと』ですぐさま転校生を連れて行った勇者がいたことに、世間話をしながら手を叩いてしまった彼に、盛大に笑った鬼怒川であった。
しかし、確認に鬘を脱がすこともしないで、籤を読むなり、手で丸印をつくった審判員もなかなか良い性格である。
そうこうしているうちに、彼らの出番になる。
会長と風紀委員長の登場に会場が一段と煩くなり、彼は『うるせぇ』とポツリと呟いた。
その一瞬あと。拡声器を持った爽やかで顔の整った少年がやってきて一言、拡声器越しにこういった。
「静かにしてください」
ニコニコと笑う少年に、会場は一気に静まる。
彼はその少年をよく知っており、少年に向かって親指を立てた。
少年は嬉しそうに笑ったあと、大きく手を振って拡声器を返しに放送部席へと走った。
「お前の親衛隊は今日もすげぇな」
会長の呟きを拾った隊員の一人が親衛隊隊長まで伝言ゲームをしたらしい。
会長の呟きを違えることなく伝えられ、隊長は…爽やかな少年は会場を静かにした。
「俺も先輩にはそれなりに感謝している」
「それなりか…もっと感謝しろ」
「迫られたことを未だ根に持っているからできない」
「それ、根暗な発言だぞ」
放送部員の放送に、パーンとおざなりにピストルがなる。
彼らもおざなりに走り出した。
やる気のなさの体言であった。
籤がある場所で途方に暮れる生徒、生徒会長と副会長の二人に見とれて呆然と立っている生徒、籤を読み上げて人間を探す生徒を横目に、二人は籤を手に取った。
「…あー……」
「……」
彼は迷ったあと、来賓席に走る。
鬼怒川は暫く籤を見詰めたあと、放送席へと走った。
「那須」
「どっち?」
来賓席でいやというほど寛いでいた那須龍哉がニヤッと笑った。
「…兄弟両方」
「ありょー?俺もー?」
「二人とも来い」
「やだやだ、おうぼーう」
赤信号に睨まれながら、彼は続ける。
「思ってもないこというんじゃねぇよ」
「さっさと行けよ、会長に花持たせてやんのが筋ってもんだろ」
近くで那須兄弟と彼の会話を聞いていた黄色信号…水城が溜息をついた。
赤信号の灰谷が、水城に少し恨みがましそうな視線を向けると、水城は首を横に振った。
「皐はいつでもべたつけるだろ。すこしぐれぇ我慢しな」
灰谷が眉間に皺をよせると、那須晃二から離れ、雅にぴったりくっついた。…彼に対する軽い嫌がらせである。
「くっそ、幼馴染だからといって、くそ…羨ましくなんか……羨ましい…!」
「声、漏れてますよ、殿白河会長」
青信号、本宮も首を振って指摘した。
その間に放送席からマイクを持った風紀委員長がこれ以上となく低く、うざったそうな声で、こういった。
『古城ォ…ゴール前まで、10秒』
呼ばれた古城蓮は『はぁ?意味わかんねぇし、シネ、カス』というような顔を一瞬したが、鬼怒川が放送部にマイクを返したあとゴール前までいき、ニヤリと笑ったのが見えたため、歩いていくことにした。けして、走ってはやらない。
古城蓮が歩いてしまったため、一番最初にゴールにきたのは那須兄弟を連れた彼だった。
「会長、籤を読み上げてください」
拡声器を持たされ、いわれたとおり、彼は籤を読み上げた。
「『似たもの兄弟』」
「……これは、似てないと思うのですが…」
どうせ連れてくるなら、生徒会の双子を連れてくればいいのではないか。
だれもがそう思った瞬間に、晃二がにやりと笑って、その笑みをみた龍哉もにやりと笑った。
「えーヤダヤダ。似てないとか何基準?僕チン、おにーたまとそっくりよー?」
「まったくだ。憤慨するぐらいそっくりだぞ?ナニのサイズから、ある種性格の悪さ、悪ノリのノリさえそっくりだ」
ある学園で、彼らほど性質の悪い兄弟はいないといわれていることを、この学園の生徒達は知らない。
「おにーたま何気なく、下ネター。げひーん。そいうとこ大好きー」
「ほう?俺も好きだぞ兄弟。とりあえず、エッチでもしておくか」
「やだよ。おにーたま好みじゃないの。たたない」
「俺もお前は好みじゃないからなぁ…まぁ、頑張れば、たつか」
頑張ればたつんだ…と呆気にとられる生徒達を尻目に、審判員に彼は問う。
「…似ているだろう?」
審判員は、ゆっくりと丸印をつくった。
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