トノと体育祭。後編


「なぁ、ナツ、あれはなんだと思う?」
「……楽しいもの、ない。思う」
隣にいる生徒会補佐の小里夏(こざとなつ)に声をかけ、彼は運動場にできたブラックボックスを見て眉間に皺を寄せた。
「整備課は本気で鬱憤がたまっているとしか思えない」
彼の溜息をきいていたのかいなかったのか、不運にもこの競技に出なければならなかったナツはブラックボックスの出口を見た。
「いない…」
おいしいところは最後に。というのは最早きまりとなってしまっているらしい。
有名人の…生徒会である二人の走順はやはり最後だった。
ブラックボックスに吸い込まれる人間はたくさんいるのだが、その誰一人としてブラックボックスの外に出られた人間はいなかった。
「あの中ではいったい何がおこってるんだろーねー…」
不運にもほどがあるのは彼だけではなかったらしい。
本日は魔法少女にもなった会計の古賀藍次が、二人の話に割り込む。
「アイ、出る?」
「うん。出たくなくて頑張って隠れてたんだけどーみつかっちゃった」
逃げるだけ無駄だと知っていた彼は、隠れることさえしなかったが、どうやら、古賀は無駄な足掻きをしていたらしい。
ふと、彼はその傍らに、いるはずのない人物を見つけて思わず首をかしげた。
「古城?」
「…あ?」
体育祭が始まってから暫く。
借り物競走あたりでは見かけることもあったが、すぐに見かけることがなくなった男がそこにいた。
「参加か?」
最近になって、彼の友人である鬼怒川を通じて知り合う機会があった古城蓮は、白鴬学園の俺様何様トノ様である会長に対しても、態度は横柄だ。
あごをしゃくって風紀委員長をさし、そのあと、親指を下に向けた。
参加は決まっていたらしいのだが、古賀と同じくどこかに隠れていたのを鬼怒川に見つけられたらしい。
彼も鬼怒川をみたのだが、鬼怒川もこちらをみていたらしい。軽く手を振られた。
彼も俺様、トノ様といわれているが、ただの人間だ。その様子に古城に振り向き、暗い笑みを零した。
彼は古城の肩を軽く叩くと、ポツリと呟いた。
「すべてはあの野郎のせいだ。あとでスキにするといい。俺が許可する」
古城の唇がニヤリと歪んだ。
「なっちゃん、あの二人こわいよーすごくこわいよー」
「見るな」
「…なっちゃんて優しいよね、ちょっと惚れそう」
「惚れるな」
「冷たいよーでも、頭なでないでーちょっと、泣けてくるからね」
会長と学園の一匹狼と呼ばれる男が何かたくらんでいる隣で、会計と補佐がほのぼのしていたことに会場が一気にヒートアップしていたのは、自分自身のことでいっぱいいっぱいの四人の知るところではなかった。
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