トノと体育祭。中編


「…チカ、そんなに気を落とさなくてもいいんじゃないか…?」
白鴬学園の体育祭は一般に公開されていない。
だが、招待状さえあれば体育祭に来られるし、体育祭を行うのは日曜日だ。
招待状さえあれば、高校生だって、入ってこられる。
そう、高校生も。
昼休憩に入った瞬間服を着替えようと急ぐ彼に、声をかけたのは高雅院雅だった。
何故ここにいるんだと驚き、時間をとめ、自身の格好を見て、彼は項垂れた。
「初めてあったときは、俺も女装だっただろう?」
確かに、高雅院雅は初めて彼と会ったとき、女装であった。
しかし、女装よりそのあとの勇姿のほうが、彼の心に残っているためその女装は有効ではない。と、彼は思う。
「それにしても、すごいな」
女装をしてきれいや、かわいいといわれるよりはいいのかもしれないが、それも褒められてる気がしなくて、彼は頭を上げることができない。
「あー…でも、普段のチカの方が、好きだな…」
なんとなく、といった調子で言葉を発した高雅院に、彼は思わず顔を上げた。
いつも楽しそうに触ってくる髪は、今はウイッグで、ソレを目に留めた瞬間に、ウイッグにすら嫉妬するという心の狭いこともしてしまったが、高雅院の様子に彼は自身の格好のことなどどうでもよくなった。
高雅院雅は、彼を見てくれる。
彼自身を見てくれている。
女の姿をした彼ではなく、普段の、男で、高雅院より背が少し高くて、プライドがやたら高い、倦厭されても仕方がない、殿白河伊周を。
「着替えるんだろ?」
「あ…ああ」
何処まで確信をもって、彼を舞いあがらせているのだろう。
高雅院に限ってそんなことは…と思うものの、そう思わざるを得ない瞬間というものが、たまにあるのも否めない。
少し腑に落ちない気分になりながら、着替えをもって、誰もいないだろう生徒会室にむかったのは、彼にもそれなりに下心があってのことだった。
高雅院と、二人っきりになりたかったのだ。



その下心は、幸か不幸か。
こうなってしまってはわからない。
彼は、スカートの長い裾に足をとられ、コケかけた。
そこに高雅院が手をだして、助けた。
そこまでは至って普通の…というよりも、彼としては少々おいしいといっていいくらいの出来事であったのだが、それからがおかしいことになった。
高雅院が腰に回した手をそのままに、コルセットの横ファスナーを下ろしたことからそれは始まる。
「脱がせてやろうか?」
悪戯心がのぞくその表情を至近距離でみつける前に、彼は高雅院雅に負けていた。
悪戯心云々よりも、その近さに、めまいを覚えたからだ。
「チカ?」
微動だにしなどころか瞬きもせず、息さえ止まっているのではないかと思い、距離を離すことなく話かけた高雅院の声は、至近距離であることを考慮してか、小さく、まるでささやくようだった。
それが、自分自身の名前を呼んでいるかと思うと、気さえも遠くなりかけた彼であったが、それはさすがに、受け止めてくれている高雅院に迷惑だと思い、何とか意識を掴んだ。
「高雅院…その…」
「ん?」
彼は、視線だけをゆっくりと、弱弱しく落とす。
いつもは強い力をもっているそれが、弱くなっていく様子を眺めながら、少し誰かの気持ちがわかると高雅院は思った。
「…近い」
少しはっきりしない声は、二人の距離のせいか、それとも本当は離れて欲しくないのか。
高雅院は少し残念に思いつつも、彼から離れる。
「…とりあえずブーツ、脱ごうか、チカ」
彼を立たせ、手をとる。
離れる際に高雅院にコルセットを取り払われていたことに気がついたのは、彼が靴の内側についたファスナーを下ろしているときであった。
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