夏だ。
一番近い隣人と何だかおかしな関係になってしばらく。
空調で校舎内も寮内も快適。実家に帰れば寒いくらいに設定されたアトリエで父が絵を描き、くらいばかりで無風の暗室に母がこもる。
俺は実家に帰らずとある知り合いのケーキ屋でバイトをすることとなっていた。
もちろん完璧な裏方だ。
そして、変な関係ではあるが鬼怒川と会う予定はない。
友人は寂しいか?ときいてくるが、少々つまらないだけで、寂しくはない。
鬼怒川省吾は面白い。
正直、普段から友人として付き合ってもいいくらい、気が合うというか。俺の扱いを心得ているというか。
生活リズムは違うのだが、ペースが同じなのである。
学校で会っても互いに無視を決め込み、互いに我関せず。
生徒会長や中崎、風紀の連中と一緒にいるのを見かけることもある。
それよりも、転校生を連行していく姿がよく見られる。
生徒会長が転校生を見てうんざりした顔をするようになってから、生徒会連中は随分大人しくなったし、何より我らが伝説の最凶・上条久弥が一度文句を言って以来、大人しいどころか屁でもなくなった。
一部の人間が。
まだ大多数の人間の認識はあの転校生…とすこぶる不評だ。がんばれ転校生。負けるな転校生。と少し他人事なのは、おそらく友人が転校生などより憂愁の君に夢中だからだろう。
俺にも友人にも相変わらず元気よく声をかけてくれる転校生は夏ばてもせず、本当にお元気だ。
俺は少し夏バテ気味で、食べる量が減った。
急に部屋にやってきて、俺を押し倒し『シュークリーム』と言った鬼怒川もソレを、押し倒した後に気づいたようで、心底不機嫌そうに『ほせぇ』と言った。
そんなことはどうでもよく、リクエストがすこし可愛いと思ってしまった俺は、すでに鬼怒川のリクエストを叶える気である。
シュークリームの中身はカスタードか、生クリームか。それとも両方か。
チョコレートクリームやチーズクリームもいい。 クリームだけではない。
フルーツをいれてもいい。
フルーツをいれるならオーソドックスにイチゴだろうか。しかし、おそらく次の機会は夏の終わり。秋の入り口。
林檎などはまだ早いか。梨だろうか桃だろうか。 考えただけでも心が浮き立つ。
どうしたもんだろうか。
その日頂かれたのは菓子ではなくて、俺であったわけだが。
うまかったのか不味かったのかは聞かなかったが、アンコールはあるのでうまかったのではないだろうかと思う。
ちなみに、鬼怒川はうまい。
どうでもいい、瑣末なことだが、どちらも相性がばっちりで、まずかった覚えがない。
すっかり快楽主義者なわけだが、他に食指が動かない。
それでは友人に寂しいかどうかを問われてもしかたない。
友人の本当に問いたかっただろう言葉に答えるとするならば、まだ解らない。
俺は鬼怒川省吾をはかりかねている。
今はただ、気持ちよくて面白い。
好きではあるだろうし、気に入っている。
それが恋愛感情だとは思えない。
決定的に何か足りない。
もう恋愛と思ってもいいのだとは思うのだが、いったい俺自身何に不満があるのだろうと思う。
不満がないことが不満、なのだろうか。
順風満帆なのは、俺好みではないのだろう。
そう思いながら開けた冷蔵庫。
そこまで詰め込むのか?といいたいくらいフルーツが詰め込まれたゼリーと有名店のチョコレート 。
食えということだろうか。 俺より一日早く帰った鬼怒川は何の伝言も残さず、昨日冷蔵庫には入っていなかったものを残していった。
こういうところが可愛いと思うんだが、どうなんだ、鬼怒川。
next/ 鬼top