「省吾くんって、どれだけセクハラしてもし放題のところが気に入ってるんだよね」
捕まれ。
いい大人の、しかも社長秘書である人間ににこりと笑われながら言われた台詞で、イタリア旅行は始まった。
「男前だし、ケツの筋肉も引き締まってていいよねー。いい弾力」
マジ捕まれ。
海外にきてまで日本人にケツを触られたり、つかまれたりするのは不愉快だ。もちろん、外人にそうされるのも嫌に決まっている。いや、それ以前に早く捕まって欲しい。
手が近寄ってくるたびに手を払い、ケツを触られたり捕まれたりするたびに、とりあえずやめてくださいと口にする。
退かなかった場合は足を踏む。
その繰り返しだ。
足を踏むのに容赦はしない。
一度足の指の骨も折ったため、学習したのかさっと飛びのく。
それでもセクハラし放題といいきった秘書官。早くくびにならねぇかなと思うのは仕方のないことだ。
「いや、はは。省吾くんにセクハラしてもいいけど、仕事はきっちりな、高遠君」
「お任せ下さい、近衛(このえ)さま」
殿白河近衛。
トノの親父さんで、二十台後半の容姿を持ち、俺がであってから年を取った形跡がない。
あと、秘書官はいったい何を任されたといったのだろう。仕事のことだと思いたいが、ケツに伸びる手がちらつく。おい、さっき、痛い目みたばっかだろうが。
「どうだい、省吾くん。楽しんでるかい?」
「とりあえず、セクハラは楽しめません」
「うちの息子の様子はどうだい?」
「船酔いで死にそうです」
「ふふふ。大きい船にしか乗ったことなかったからねぇ」
つい先程乗った観光客用のゴンドラは、普通よりも揺れたらしいが、俺は初めてのったのでよく解らない。
そしてトノも初めてのったので、ゴンドラはそういうものだと思ったらしい。
もう二度とのらないといっていた。
だが、もし高雅院がのるといったら、一緒に乗りたがるんだろうなと解ってしまうので、あいつはわかりやすい。
ああ、それにしても。
海外に行くたびに思う。
何故、俺は現地の甘いものを心行くまで食えないのだろう。と。
「日差しがきついねぇ。夏だねぇ」
「もっと涼しいところにすりゃあいいものをイタリアとかいうから」
「だって、水の都だよ、伊周くん。ねぇ、高遠君もきたかったでしょう?」
「いえ、私はセクハラさえできればなんでも」
後ろの話を聞くたびに思う。どうして俺は心行くまで甘いものを食えないのだろうと。
海外は嫌いじゃない。殿白河家の人間も、その秘書官も嫌いではないし、短期語学留学といって、イタリアに来たのならイタリア語しか話さないのも、もう慣れた。俺は、イタリアに来るまでに毎日毎日イタリア語を勉強しもした。
だが、ここのところ、食生活に恵まれすぎていた。
過不足ない状態だった。満たされていた。満たされすぎていた…。
「日常ってだいじなんだな…」
「……伊周くん、伊周くん。省吾くんはあれかな。何か、また、老成したんじゃないかな」
「親父が老けねぇからじゃねぇの?あと、高遠がウザイ」
「…伊周さま、いくら私がセクハラ魔人でも傷つきます」
「理解してるじゃねぇか、自分を」
「伊周さまが酷いです、近衛さま!」
「うん、伊周くんは素直なだけだから」
「ひどい!ひどい!優しくして省吾くん」
「無理です」
「ひどい!男前!何してもカッコいいだなんて、くっそ、美形集団め!」
その美形集団とやらに交ざって申し分ない秘書官が何かを喚いていたが、俺は、ソレよりも、甘いものが食べたかった。
ああ、くいてぇな…