ヒサヤさんは俺の恋人より酷い。
整備課の社員寮として借りられたマンションの手前にあるコンビニや公園で時田を見かけるたびに思う。
結構付き合って長いのに合鍵は持っておらず、コンビニで時間をつぶしたり、公園の遊具に座ったりしているヤンキーが淋しすぎて涙が出そうになる。
俺としては、厄介な恋人を持った者同士として、なんだか仲間意識があり、ついつい声をかけてしまう。
「時田、今日はデートか?」
休日の昼間に見かけることはめずらしく、さらに気合いの入った服装に思わず尋ねた。
時田も俺に声をかけられるのは慣れたもので、零れんばかりの笑顔で頷いたあと答えてくれた。
「そー。ええやろー?先生こそ、どうなん?昼間におるんめずらしいやん」
「俺も、まぁ、たぶんデートだ」
映画館に行くことになっていたが、おそらく時田のようにちゃんとしたデートにはならない。
なぜなら俺の恋人はすぐに俺をいじめることに夢中になるからだ。
それがどうしようもなく好きな俺には反論や異論はない。
しかし、たまには普通にデートくらいしたいのも事実だ。
だから、デートをするとき、待ち合わせの時間をわざとずらしてくることはあっても、デートはデートとして楽しませてくれるだろうヒサヤさんを恋人に持つ時田が羨ましい。
たとえそのデートが、どんな気紛れで起こったことでも、待ち合わせの時間が何時間も過ぎていても、羨ましい。
時間が過ぎるなどというのは、俺にとっても時田にとっても至って普通のことだ。
ただ、俺はそれすら好きといえる性癖があるからまだいいのだが、時田は若いし、付き合いも俺と恋人ほど長いものではない。
不安なのだろう。
いいだろうと自慢してくる時田はほんの少し、暗い顔をした。
ヒサヤさんも、俺の恋人も質が悪い。
何時間か遅れてくるってことも朝からの待ち合わせだという時点でわかっていた。
俺はだから時間をずらしてここにきた。
時田は律儀に朝からここにいることだろう。携帯をじっと眺めていた姿がいじらしくて切ない。
そして、俺の恋人も時田の恋人も、もう少し早くこられるはずなのに、少しの間俺たちの様子をうかがっていることだろう。
何とも腹のたつ話だ。
けれど、それがあの二人の愛情だし、俺にいたってはそういうところが好きでたまらないので、なんとも筆舌し難い複雑な思いがある。
ヒサヤさんは時田の不安も時田のいじらしさも、わかっていてことごとく無為にして、最後にそのすべてをすくい上げるから余計に質が悪い。
時田はヒサヤさんに惹かれてしまった時点でアウトなのだ。
「わりぃ、待った?」
「悪いと思ってないくせに悪いとか言うな」
「ああ、そう。じゃあ、待つの楽しかったか?」
俺のほうが先に恋人が来てしまったため何だか申し訳ない思いをしつつ、俺は嫌味たらしていってやる。
「時田がいるから、楽しかった」
時田は俺の言葉にへらっと笑った。
そしてもう一人人が来ているのを遠目に確認して、俺の腕にわざとらしく腕を絡める。
「先生、きれぇーやし、かわええし、かっこええから、俺も楽しいわぁ」
付き合っちゃう?なんて、冗談にしかならない言葉を紡ぐ。
俺も付き合っちゃおうか?と冗談にしかならない言葉を紡いだ。
どちらもその気はないがイチャイチャしてみせると、俺の恋人が笑った。
「おい、振られてるぞ、ヒサ」
「ああそうだな。おまえもな」
「俺たちあぶれ者だから付き合っちゃおうか?」
「きめぇ。ねぇわ。…ほら、イチャイチャしててもいいから、行くぞ」
そんなことを言ってさっさと背中を向けるヒサヤさんに、妬いてもくれないのかと、時田は少し寂しそうだ。
「偶然ヒサとあってなぁ…ダブルデートでもしようかと思って」
どうせ途中からはぐれるくせに。とは俺も言わない。
「ヒサヤさん少しくらい妬いてもいいんじゃないですか?」
「妬く?そんなつもり全然無い二人にか?」
時田の顔が明るくなった。
俺のこと理解してくれてるんだ!と前向きな解釈をきっとしたんだろう。
俺からみると、ヒサヤさんは正確に把握した上で鼻で笑ったように感じた。
俺と時田の付き合うではままごとだと。
まぁ、ままごとなわけだが。
ヒサヤさんも俺の恋人も、なんでこんなにいいご趣味なんだろうなぁ…