あいつはすぐにのろけてくるくせに、詳細な情報は言わない。
そういう奴だから、最初はあの人があいつの恋人であって、あいつの言うところの伝説の人だとは思わなかったのだ。
「あかんわぁ…やっぱかっこええわ…」
屋上から、よくある種の人間の呼び出し現場として使われている裏庭を眺めながら、あいつはそう言った。
裏庭には整備員など必要なさそうなものだが、なんでも不格好に見えてしまうものは見えにくいところに隠すものだ。
その裏庭にはどこのものかは分からない何かのスイッチが置かれていた。
そのスイッチを入れに来たのかけしにきたのかはわからないが、裏庭に現れたあの人は、偶然にも殴られている生徒を見かけた。
一応学園の職員なのだから、通りがかり、見つけられてしまったら何も言わないわけにもいかないらしい。
屋上から裏庭をふと見たあいつ…カナメは、一人の生徒を取り囲む連中がいると言って笑って見学していたのに、通りがかったあの人…上条さんを見て、違う種類の笑みを作った。
最初の笑みが嘲りならば、あとに浮かべたのは所謂、蕩ける様なと言われる種類であったに違いない。
「あ、なぁ、あいつ…誰かわかる?」
急に手招きをされ、俺も裏庭を覗く。
知り合いではないが、知らない顔ではない。
「二組の花吹(はなぶき)」
「ふぅん…」
二組の花吹は上条さんの襟首を掴んで『整備員風情が』とかなんとか怒鳴っている。
一応とめはしたが、生徒を殴っているのも生徒ときては、何かすることもできない…というよりも、あの人の場合面倒くささが勝っているのだろう。何もしない。
上から眺めているカナメはすでに何かする気のようで、何やら携帯をいじっている。
しばらくもしないうちに、カナメの携帯が震え、どこかに電話を始めた。
「へっろー?ハナブキくぅーん。はじめまして、トキタカナメさんでぃーす。今すぐ、上、見てみぃ?屋上、見えにくいかもしらんなぁ…あんな、その人、どおいう人かしらんと思うけどさぁ。とりあえず、あんたがどうにかしてええ人ちゃうから。とりあえず、今から、そっちおりるさかい、ちょっと待ってくれる?」
待つバカはいないだろう。
カナメの名前はこんな学園だからこそなのかもしれないが、非常に有名だ。
しかも、風紀に捕まらないとか証拠はないだとか黒い意味で有名で、本人がした覚えのないことまで尾ひれがついて噂が展開しているに違いない。
最終的にはミステリアスで逆らってはいけない男に、なってしまっている。
俺からすれば質が悪いだけの、恋する男なのだが。
花吹につられて、上条さんがこちらを見る。
上条さんは何かを予感したのか、それともこちらがちゃんと見えたのか、悪い顔をさらに悪くさせる笑みを浮かべた。
「…あかんわぁ…上条さんマジかっこええし…聞こえとるんやったらだいてー」
どうやら花吹の携帯電話の音は上条さんにも聞こえていたらしい。
上条さんがこちらにわかり易いように、ゆっくり、大きく唇を動かした。
それを見たカナメが気持ち悪い顔をした。
「みたー?後でな、やって!やばいわぁ。俺、さっさと花吹くんボコりにいくから…とめんといてなー」
止めはしないが、あとのことが面倒だった俺は、ため息をついて、一言だけこういった。
「バレないようにな」
「おっけー。精神的にボッコにしとくー」
それはそれでかわいそうだが。
カナメがいうところの上条さんがあの人だと初めて知った時、こうして伝説はさらに大きくなっていくんだろうなとため息をついた。
あの人自身の伝説もさることながら、あの人の周りがあの人関連で起こす出来事が伝説として広く流布しているからだ。
あの人も質の悪い連中に好かれるな。
少し同情した。
今は、同情してはいけないと思っている。
その質の悪いのを手のひらで弄ぶのがあの人の得意とするところであり、楽しみであり、愛なのだというとんでもないことを知ってしまっているからだ。
カナメ、ご愁傷様。