「…んで、ここにいんだよ」
バイト先にきたのは涼しい顔をした同室者だった。
まるで、土産に買うんだという風を装って…というよりも、普通に購入しているのだろうに、そういう風にしか見えない男は暫く悩み、悩みに悩み、悩みすぎて『端から端、一つずつ全部』といった。
内心は浮かれた気分で、帰ったら一つ残らず今日中に食べてしまうのだろうに、その姿は面倒になったが故にそういってしまったようにしかみえない。
偽装しているのか、そうであるのかもわからないまま、俺は厨房から遠目でその姿を見送った。
「いやぁ、さっきの子、だれにあんなにあげるんだろねぇ。メンドクサイならお勧め詰めてあげたのに」
なんていう店長に、まさか、お勧めは二個ずつになるだけですよ。とはいえない。
「そうすか。…ところで、店長のお勧めは?」
「そうだねー今日は、モンブランとベリーのタルトかなぁ。ほんとうまいよね、蓮くん」
「いや、それはどうでもいいすから」
その店長のお勧めは、俺が作ったモンブランとベリーのタルト。
なんだ、少し、そわそわする。
俺が作ったものと、他のものを一緒に食べている姿を今まで見たことがなかったし、想像したこともなかった。
俺のもの以外を食べる姿も、想像もしたことはあったが、俺はそのとき胃袋を支配することに燃えていた。
こんな風にそわそわした覚えはない。
俺のものをうまいと言って、あの男は食べるのか。それとも、店長が作ったものを嬉しそうに食うのか。
何か、面白くない心持ちで、俺はジャムを煮詰める。
甘ったるい香りに胸焼けを覚えつつ、まさかこれが恋だとかいわないだろうな。と眉間に皺を寄せる。
友人の言葉を気にしすぎだ。
「蓮くん怖い顔がさらに怖くなってるよ」
「さらにとか失礼なことを…」
思っても口に出さない方が身のためじゃないかと、でかい木ベラで手をたたく。
「うん、蓮くんごめんなさい」
この正直さゆえに、俺がここにいられるのだろう。
店長はケーキ屋に似合いの甘い顔でへらっと笑った。
あー…なんで、俺もあいつもこういう顔に生まれなかったのだろうな。
next/ 鬼top