副会長に帰ると伝えてもらったのだから、生徒会室に迎えばいいのだろう。と、彼はヘリポートから直接生徒会室に向かう。
高雅院は一度事務室に話を通してくると言って彼と別れ、後ほど生徒会室に来ることになっている。
学園に来たこともあり、生徒会室に何度か来ている高雅院なら迷うこともない。
彼は迷いなく、生徒会室に向かう。
ヘリポートでのこともあって、しっかりしなければという意識を強めた彼は、いつも以上に凛々しく人の目には写ったに違いない。
副会長から逃げ、隠れ潜んでいた風紀委員達には尊敬の眼差しを向けられ、なんの事情も知らない他の生徒たちには、見惚れられ、後に噂された。
あの時のトノさまを前に、一寸たりとて動けるものはいないと。
実際には多くの人間が一瞬動きを止め、見惚れるという行為をとり、少なくない人間がバタバタとうごきまわっていた。
そんな彼が生徒会室の扉をあけると、そこは、ワンダーランドだった。
彼は、それを見なかったことにして、一度扉をしめると、ゆっくり五秒数えて扉を再びあけた。
無駄に豪華なソファーで横になっている転校生はいいとしよう。
いびきどころか歯ぎしりまでしているのだが、なにかストレスでもあるのか健康状態がよくないのか。
それはいい。
寝相がわるくとも、寝ているのだから。
ソファから落ちかけているが、落ちても起きることもない。
補佐が自分自身の席で頭を抱えている。
よくないのことなのだが、これもよく見かける光景なので、いいとする。
双子の書記がアレ?という顔をして机の中身という中身をひっくり返し、資料棚にも手を出している。これも、よくはないのだが、ないことはない。良しとする。
会計がそれらすべてを無視して電話口で喧嘩をしている。これも最近はおなじみとなってきたからいい。無理な予算と無理な飾りにブチギレているのだ。どうやって、それを教室にいれるのだ。という計算のできないにもほどがあるものまで勝手に注文しようとするので、走り回って、電話をかけまわらなければならない会計には彼も頭が下がる思いだ。
副会長が応接用の立派すぎる机とソファのセットに、周りの状況を完全無視して、優雅に紅茶なんてすすりながら、書類をめくって、たまにペンを走らせ、たまに、ハンコを押す。
優雅だ。それも、至って普通だ。
副会長の机などほとんど副会長のロッカーのようなものだから、これも普通の行為なのだ。
ただ、これらすべてが揃い、かつ、放置された状態というのは、彼にとって今すぐふて寝をしてしまいたいレベルの出来事であった。
重厚な本棚でもあり、引き出しや扉までついている資料棚の引き出しからだされた細々とした道具類だけでなく、何故か資料をおさめたファイルまで床に積み上がり、何をさがしているかわからない双子をまず止めるべきなのだろう。
彼は、生徒会室にはいって、副会長に挨拶もしないで双子に声をかけた。
「何を探しているんだ?」
「ホッチキスがねー」
「ほしいのー」
振り向きもしないで二人して右手でホッチキスを押すような動作をした双子を見たあと、彼はさらに尋ねる。
「どのサイズだ?」
「でっかいのー」
「でっかいのー」
彼は双子の言うサイズのホッチキスが、引き出しに入り、かつ、普通のサイズではないホッチキスで生徒会室にあるものだと想定して、頭を回転させる。
一つ思い当たり、双子のとりあえず置いたといったかんじの机の上にあるモノの山の中からそれを取り出す。
「これか?」
双子がそのときやっと振り返り、彼の手の中のものを目にして、喜ぶ。
「それだ!」
「ありがとー!かいちょって、…会長?」
いるはずのない人物を見つけ、二人は首をかしげる。
彼は、ことさら重いため息をつくと、双子と補佐に指示を出す。
「おまえらは生徒会室にある自分のおもちゃをとりあえず紙袋にでもいれろ。いいか、自分のおもちゃだけだ。他は触るな」
彼が呆れを全面にそういうと、二人はこくこくと頷いて紙袋を探そうとした。
「まて、紙袋をさがすな。ナツ、でかい紙袋を数枚用意しろ」
双子にホッチキスのことを聞いていたあたりから、彼を呆然と眺めていた補佐のナツは、自らの席から立ち上がりながら返事をする。
「はい…!」
ナツは取手つきのおおきな紙袋を資料棚の扉に隠された部分から取り出すと、双子に手渡した。
「苦労をかけると思うが、双子の荒らしたものを分類ごとに分けて、ひとまとめして、双子に触らせないで、片付けていってくれ。…もう、ラベルを貼れ。いちいち荒らされるくらいなら、見栄くらいすてたほうがましだ。補佐の細々した仕事はできるだけこちらでやってしまうから気にせず、きれいにやれ」
「会長…文化祭…」
「明日もあるそうだ」
彼がそう言って目に力をいれるので、納得がいかないまでも、ぎこちなく頷いてナツは動き始めた。
ナツが頭をかかえるのは、自分の処理能力を上回る速さでいろいろなことが起こった場合の現象なので、ひとつのことをやらせている分には頭を抱えることはない。
彼は問題の二つをとりあえず片付けたと思うことにして、会計を見る。
あれは手伝う余地がない。もはや鬼気迫るところまできているので、あとで労ってやるくらいしか彼にはできない。
せめて、無茶を言ってワガママをいう生徒を減らすために、偉そうに現状がどんなにいいものかというのを言ってやることが彼にできることだろうか。と、彼は放送部にメールをした。
あとは優雅に仕事をしている副会長、なのだが。
「……おい」
「あ、おかえりなさい」
扉を開けた時一度目があった副会長は、生徒会室の誰よりも早く、彼の帰還を知っていた。
で、あるにも関わらずこうだ。
「この程度のことはてめぇにもできる。それに、電話で指示することもできたはずだ」
「嫌ですよ。説明するの、面倒ですし」
「風紀追いかける方が面倒だろうが」
「息抜きですよ」
ふふふと笑った副会長は、ただ単に、仕事をしたくなかっただけに違いない。そういう人なのだ。
彼は、眉間に皺を寄せる。
よくよく考えなくてもそうだ。
高雅院がこの学園に用もないのに、ほとんどこちらの事情で足を運ぶだなんて出来事は、彼にとって失態でしかなかったのだ。
それにもかかわらず、一緒に帰るだなんてことばに浮かれてしまった自分自身に、彼は苛立ちさえ覚えた。
「どうかしたんですか?」
次第に険しくなっていく眉間の谷を眺め、彼の機嫌がどんどん下降していく様子を直で見て、感じてしまっては、口は動くものの、身体は動かない。
これは、まずいことをしてしまったと今更ながらに身体を小さくする副会長に、彼が何かを言う前に、彼の携帯が震えた。
彼は思い切り舌打ちしたあと、携帯を見る。
着信はメール。
放送部が準備はできたと教えるために送信したメールだった。
彼は、すぐ生徒会室を後にした。
副会長が安堵のため息をつき、ヘナヘナとソファにもたれかかったのもみることはなかった。