周囲の人間が、俺の恋人は大和撫子と認識してしばらく。
夏休みあけ、友人に大和撫子の正体を尋ねられ、どうしたもんかと古城に尋ねたところ、古城は「てめぇの友人なら別に」というのでトノを連れてきた。トノより古城が驚きに目を見開いた。
「会長と仲、ワリィって…」
「まだその噂あるのか?たまに晩飯を食う仲なのに…」
「残念ながら健在だな。食堂でくっだんねぇ喧嘩して以来あまり接触してないとかいう理由で」
トノとは一度、くだんねぇくせにやたら目立つ喧嘩をしたことがある。
最初は腹が立って接触しないようにしていたのだが、次第に気まずさから避けるようになり、今は習慣になってしまって避けている。
二人揃うとうるさい。というのもあるのだが。
その割に学外ではよく会うし、友人が多いとは言い難いトノにはなにかと巻き込まれる。主に発展の遅い恋愛ごとに。
それは置いておくとして。
俺と古城が犬猿の仲であるのと同じように、トノと俺は仲が悪いと認識されている。
どちらもない事実なのだが。
「で、大和撫子の正体が古城だって?」
「……美人だろ?」
「ワイルドな美人だな」
大和撫子とは程遠い、などとは言わない。大和撫子も噂で勝手に囁かれていることだ。
朝から晩まで食事からデザート、いまはおやつまで古城制作の品だが、付き合っているという事実すらない。
肉体の関係はあるが。
おかしなことに、恋愛関係だけがない。ある意味、恋人を飛び越え夫婦になった気分ではある。
住んでいる場所も同じなのだから。
「で、晩飯前にきた会長は飯食ってくのか?」
「いや、そこまでは。邪魔しちゃ悪いだろ?」
ニヤニヤ笑うトノに、俺が微妙な顔をする。古城も微妙な顔をした。
「そこの野郎に餌やるだけの行為に邪魔もクソも…。とりあえず、食ってけばいい。滅多にないことだ」
俺が友人をこの部屋に連れてくることなのか、俺と古城が飯を共にすることなのか、それとも、古城が飯を俺以外に振舞うことなのか。
わからないが、全部ひっくるめられた気がする。
古城はキッチンに引っ込むと、冷凍庫を開けて白い何かを取り出した。あれは、たぶんホワイトソースだ。
「会長、嫌いなものは?」
「特にはねぇよ」
嫌いなものも克服するタイプだ。
あと、自己申告はしないし、あっても普通に食べているように見せる。付き合いが長いので、流石にわかるが。
「餌やる、だとよ」
「餌付けはされてるからな」
「お前の嫌いなものは流石に聞かないんだな」
「把握されているからな」
「へぇ…ちげぇんだな、恋人ってやっぱ」
俺も嫌いなものでも更に出たら食べるタイプだ。
しかも、嫌いかどうかはよくわからないらしい。
「ちげぇよ。恋人じゃない」
「…昼も晩も飯作ってもらってか?」
「普通に作るやつはつくるだろ?」
交換条件で。
古城の言うところの餌やりには交換条件がない。特別好意があるなら頷けるかもしれないが、今はどうか確かめようとも思わないが、始めた当初、好感はあっても特別な好意はなかったと思う。
デザートやおやつの類は別だが。
「食費くらいは出してるな」
「古城の分も?」
「いや、俺の分だけ」
「おかしくねぇか」
「…おかしいかもな」
そう思えば、おかしいのかもしれない。
よくよく考えると、古城がここまでする理由など一つもない。
だが逆に、これで何らかの対価を求められるのも、何か寂しい気分もある。
だからと、そこをわざわざ指摘して一日の食事、甘いものを作られなくなったら俺はさみしいどころじゃない。
古城の飯に飢える。
それは餌付けされているだけなのか。
それとも誰かが首を傾げ、誰もが思っていることを大和撫子に求めているのか。
判別は、まだつかない。
「美味いメシが食えて、気持ち良けりゃ…大概コロリだとは思う、が」
ポツリと呟いた言葉は、おそらく、トノには聞こえていないだろう。
メールに夢中になっていたからな。