トノと鬼。


生徒会と風紀委員会は、仲が悪い。
というのはまったくのデマだ。
風紀委員長は生徒会長の友人で、晩飯はたいてい一緒に食べている。
「トノ、今日も実験か?」
「俺の手料理を食えると、崇め奉ってくれてもいいんだぞ?」
本日は、風紀委員長、鬼怒川省吾(きぬがわしょうご)が、伊周の部屋に来て、伊周の手料理を食べる運びとなっていた。
「コレは、実験だ。さもなくば、籤引きだ。当たり外れがひでぇ」
そう、伊周の料理は省吾の言うとおり酷かった。
一応、食べられないものを作ることはない。
しかし、無理をして食べなければならないものを作ることは多々ある。
料理などしたことはないだろう金持ちのご子息様である伊周が作るものだ。食べられるだけでも、すごいのかもしれない。
もちろん伊周も、やったことのない料理を本も見ずに、フィーリングで作ったりはしない。
ただ、参考にする料理の本が初心者向けではないのは確かだ。
それでもたまに美味しいものをつくる。それには理由がある。
「…今日は、人にもらったレシピだ」
「ああ、じゃあ、当たりだな」
そもそも、料理など自分でする必要もなく、そんな趣味もなかった彼が料理を始めた理由は、下心あってのことだ。
誰に対しても強く出る彼が、尊敬し、やりすぎなくらいその立場を慮り、1も2もなく了解をしてしまい、挙げ句、よこしまな心持ちでいることも躊躇われるような気がするというほど、好きで、恋い焦がれて、少しでも長く小さくとも接触していたいと思わせる人物が、料理をする人間だからだ。
趣味というほどではないが、料理をすると聞いたときに、それを食べたいと思った。
料理をしたことがないと告げたら、してみるか?と言われ、なにかしら共通でやれることがあるという繋がりに、うっかり釣られてしまったのだ。
「高雅院のやつだろ?」
「あぁ。カレールーも一緒に送ってくれた」
スパイスからカレールーを作ることの出来る雅であったが、忙しい時に作るカレーは簡易さを求めている。
レトルトにしないのは、具が小さかったり少なかったりするのが嫌なせいだ。
「圧力鍋ですぐできるらしい」
彼が圧力鍋を使えるのはひとえに、雅のおかげである。
「高雅院は意外とパンピーだな」
「…庶民そのものだとは言っていた。確か、代々水城に仕えているとかで…」
大学卒業後は水城に仕えるのだろうか。
そう思うと腹が立つためあまり考えないことにはしている。
彼の心は狭い。
「家で…俺の下で働けば…いや、むしろ、高雅院は自立して会社を起こして、俺がその下で働く」
「おまえは本当に高雅院のこととなると、偉そうに下手だな」
そんなことはない。
などとはけして言えない。
それほどまでに彼は、雅が好きだ。
人の上に立つことを当然としてきた彼が、雅の前に立つことすらためらうほどに。
そして思わず、起業した雅の傍で働く自分自身を想像して彼はうっとり呟いた。
「…高雅院、本気で起業しねぇかな…」
「高雅院もやっかいな奴に惚れられたもんだ」
出てきたカレーは高級な味や本格的な味はしなかったが美味しかったので、それでも、彼が高雅院に惚れてくれたことを感謝した風紀委員長であった。
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