気になる人間と二人きりで、繁華街をブラブラする。
それをデートといわずしてなんというのだろう?
彼はとても舞い上がっていた。
好きな人の頼みを喜んで少しきいただけで…しかも、たいした用事もなかったのに会うことができ、駅のホームで電車がくるまで、なおかつ、電車が発車するまで見送ってもらえた。
むしろ役得といってもいいくらいの出来事で、デートができてしまっているのだから、舞い上がりもするだろう。
いいことづくめだ。
彼はクローゼットの服を眺めながら、笑む。
その上、好きな人の役に立て、誉めてももらえた。
たとえ少々骨が折れた上に、寮を出ていく際に、どこかの転入生に絡まれ疲労困憊したとしても些末なことだ。
ハンガーにかかっている洋服を合わせながら彼は首を傾げる。
今は厄介な転入生よりも、明日着ていく服の方が、彼にとっては問題であった。
彼のセンスは悪くない。いや、だれもが誉めてくれるほど素晴らしい。
しかし、何度クローゼットを見て、服を眺めてもいまいちピンと来るものが見つからないのだ。
親衛隊の隊長に聞けば、トノ会長が着られるものは、たとえ量販店の安物のジーンズとティーシャツというシンプルなものでもかっこいいですと返された。
風紀委員長に聞けば、あまり気取らずに普通にしていけばいいと言われた。
しかし、明日は、初めての…そう、あれから初めてのデートなのである。
あまり特別性を感じさせず、自分自身をよく見せる服装をして行きたいと思うのは当然のことだ。
間違っても適当に服を着ていく…などということはできない。
服を眺め、一度ため息をつく。
こういうことを尋ねるには友人が少なすぎる。
彼は狭く深い交友関係を、少しだけ悔いた。
だからといって、友達を押し売りしてくる、あの転入生とは友人になろうとは思わない。
あのもっさりとしたウィッグに、どこで売っているか逆に尋ねたくなる眼鏡は、ある意味、逆行しすぎて、お洒落の最先端を行き過ぎているのかもしれないと思うにしてもやりすぎである。
今、彼が必要としているセンスではない。
とりあえず、明日、適切である格好というものを決めるために、彼は考えた。
繁華街でブラブラするということは、それなりに歩かなければならないということだ。
よって、履き慣れた靴を履き、動きやすく疲れにくい格好がベターである。
彼が履き慣れた靴は、学校指定のローファーを省けば、礼装用に一つと、軽装用にスニーカー一つだ。
ブーツもあるが、ブーツはこの季節には不向きだろう。
また、涼しいし履き慣れているサンダルもあるにはあるのだが、高雅院は男の素足をどう思うのか。そう思うと、履くことをためらう。
スニーカーが無難であるように彼には思えた。
足元はスニーカーにするとして、次はパンツだ。
無難といえばジーンズであるが、そこは遊びを入れてもいいのではないだろうか…。
今度は引き出しをひっぱり、眉間に皺を寄せる。
引き出しに入ったパンツ類をにらみつけ、二つのパンツをベッドにのせる。
両方ともにサルエルパンツだ。
片方は色が変わっているが普通のサルエルで、もう片方はサルエルであるのに足が短く見えず、サスペンダーが飾り程度についているものだ。
彼の足は長い。
日本人の規格ではなく、日本人向けに作ったパンツがうまく合わないことがあるくらい、長い。
足が短く見えてしまうことがあるサルエルパンツを履いたとしても、さらに短くなったと思うことはない。
だが、それでも足が短く見えて、そう思われてしまうことを危惧し、一度は置いたサルエルを片付け、その際目についたジーンズをひっぱりだす。
遊びを入れたいと思った彼がひっぱりだしたそのジーンズは、シンプルさを欠いていた。
パンツのうえにパンツを乗せたかのようなデザインに、長めの裾。少しのダメージ。折り返せば華やかだが落ち着いた色合いの和柄が覗く。
ポケットの部分にもその和柄は配されており、アクセントとなっている。
なんとなく買った代物ではあったが、明日を控えた今、素晴らしい買い物をしたように思えた。
パンツがアクセントとなっているのなら、あとはシンプルに持ってくればいい。
黒のシンプルなシャツにシルバー。
やりすぎない程度に指輪と腕輪。
ウォレットチェーンはパンツのこともありシルバーではうるさいかもしれない。
だが、カバンを持つのも違うように思え、黒の皮を編んだ光沢のないウォレットチェーンを用意する。
長くなった明るい髪は浮いてしまうため、ヘアピンとゴムでまとめてごまかしてしまうか、帽子に入れてしまおう。
彼はそこまで考え、用意し、頷いた。
完璧…かもしれない。
頷いておきながら、彼はまた、首を傾げた。
携帯を充電器から外し、迷うことなく電話をする。
「五秒で部屋に来い」
深夜の零時三十八分の出来事であった。
この電話をうけた風紀委員長の第一声は、メンドクセェ!であったことを知る者は少ない。