「久しぶり。白鶯の文化祭以来か?」
その日の夕方。
彼を待ち合わせ場所で見つけたとたん、笑ってくれた高雅院に、同じように笑ったであろう、彼は頷く。
「そうだな、あれ以来だな」
白鶯の文化祭では、遠くの山奥までやって来てくれた高雅院に驚かされ、彼の気分をうなぎ登りさせた。
ただ、クラスの総意でホストをやっていたことについては、彼はとても残念に思っている。…恥ずかしいものをみられた。そう思っているのだ。
「あれは楽しかった。来年も行こうと思うが…来年は受験か」
「来年…あ、そうだな。来年は受験だ。つうか、高雅院は、受験…」
大丈夫なのか?と聞くほうが愚かかもしれない。
成績を重視している学校の学年首位で、しかも十二月も終わろうという時期にこうして出歩けるのだから、それなりに目処はついているのだろう。
受験のことを尋ねることは少し憚られて言わずに置いたのだが、彼の配慮を知ってか知らずか高雅院に気にした様子はない。
「大丈夫だ。指定校推薦貰ったから」
さらっと言われて、なるほどと頷く。
恐らく白鶯より、枠はあるだろう。
それほど、高雅院の通っている学校は成果を残している。
「それで、今日なんだが……」
高雅院が言葉を続ける前に、ふと、彼を見て目を細めた。
彼のかぶっている帽子に手を伸ばし、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「それ、似合ってよかった」
彼が前後不覚になる前に、高雅院は彼が被っている帽子をしばらくいじって笑った。
「あ、ありがとう…」
素直に礼を言うことしかできない彼は、いつもどおり自分自身に不甲斐なさを感じながらも、高雅院の仕草一つ一つに見惚れていた。
「たぶん、遅れただろうが、クリスマスプレゼントだ」
カードさえついておらず、プレゼント包装をされていなかった帽子は、シンプルで使いやすそうで、かぶり心地もよく、彼のために作られたかのようだった。
直接店に見にいかなければ着用具合がよくなかったりする帽子にしては、あまりないことで、彼は鏡を見ながら何度もかぶったり脱いだりした。
「クリスマス…」
彼は今こそ、プレゼントを渡すべきではないだろうか。
と、カバンの中にはいった二つのプレゼントに意識を向ける。
「いらなかったか?」
「そんなわけがない」
きっぱりと否定しながら、カバンの中を気にする。
彼の様子に気がついているだろうに、あえてなにも言わずに高雅院は話を続けた。
「よかった。クリスマスプレゼントを贈ったはよかったんだが、ちょっと気になっていてな。それで、今日は…チカ?」
さすがに気がカバンにいき過ぎたらしく、高雅院が彼を呼んだ。
呼ばれた彼は、カバンから高雅院に気を向けた。
「…今日は、チカに会いたくなって」
だから、会いにきた。
言外に匂わされた言葉に、彼は何を言っていいか解らない。
会いたくなって、会いに来た。
それは、嬉しい。
単純に、純粋に。
嬉しい。
「こ…」
自分自身の素直な気持ちを伝えようと思った。
けれど、彼には今日、珍しく高雅院以外にも気になることがあって、その気になることさえ高雅院に関連することではあったのだが、少し、気がそれていて、彼の理性が声を上げた。
どうして、高雅院は『会いたい』と言ってくれるのだろうか。
「……」
理性の声が聞こえて、どうしてがいくつも浮かぶ。
記憶力がいいほうである彼は、いくつかのどうしてを高雅院の行動に見つけられる。
どうして会いたいというのか、どうして助けてくれたのか、どうして構ってくれるのか。
遡るにつれ、彼は思い出す。
どうして、付き合わないっていったのに。
最後の『どうして』が、すべての『どうして』の可能性を潰してくれる。
「…そうか」
声のトーンと同じように、気分も随分落ちてしまった。
「チカ?」
「……なぁ、高雅院」
聞いてはいけないと、解っている。解っているが、最後の『どうして』は、浮かれていた彼も、カバンの中に入っている好意の塊も否定して、彼に問わせる。
「俺のことどうしたいんだ」
高雅院が、彼の目の前で口を開こうとする。
タイムラグはほとんどなかった。
即答に近い形だった。
けれど、彼はそれを聞くことを拒んだ。
「悪い。帰る」
高雅院が何かを言う前に、そう言って、彼はもときた道を走った。
一瞬遅れて、高雅院が追いかけて来たが、うまくやってきた電車に彼は乗り込んだ。
駅前で、よかった。
彼は空いている席に座って頭を抱えた。
答えなど聞きたくなかった。