冬休みは、携帯の電源を落として、彼は実家の挨拶まわりに集中した。
年末の挨拶、年始の挨拶。
どうして一つで済みそうなものをこの短期間で何度もするのだろうと、ぼんやり思うこともなく、笑顔を張り付かせて冬休みを終わらせた。
戻ってきた寮の自室のソファに置かれている荷物と帽子をなるべくみないようにして、学校へ行く準備をする。
何年か前は、当たり前のようにこうして学校へ行く準備をしていたはずだ。
誰かに煩わされることなく、誰かのことを考えるでなく。毎日淡々と、繰り返していたはずだ。
けれど、それを思い出せないほど、彼は誰かのことを考える日々を過ごしていた。
考えないように考えないように、携帯の電源もパソコンの電源も付けないで、ちょっとした音信不通になった状態で、普段通りを行おうとしている。
もうすでに、その状態が普段通りではない。
いつの間にこんなにも弱い人間になったのだろう。
彼は、本当に自分自身に嫌気がさした。
付き合わないといった高雅院が、構ってくれるのも、助けてくれるのも、会いたいと言ってくれるのも、なんとなくのことで、理由なんてないかもしれない。
深刻になって聞き返して、態度悪く帰って、音信不通になって。
そこで縁を切ってしまえるほど、理由も意味もない行為なのかもしれない。
けれど、そこに意味があるのだとしたら、どういった意味があるのだろう。
高雅院に恨まれるようなことをした覚えもなく、意味もなく人の気持ちを弄んで愉しむような性格でもない高雅院のことを思い、彼は電源の入っていない携帯を見た。
考えないようにはしている。
それでも何もすることがなければ、考えてしまう。
彼が高雅院雅を好きになってからずっと、高雅院雅のことをおもわない日はない。
高雅院雅という人間の傍にいて、不足のない自分自身であるためにそれまで以上の努力をしたし、振られてもなおどうしたら好きになってもらえるか、嫌われないのかを考えない日もなかった。
彼は携帯電話を机の上においたまま、部屋を出ようとして、気がついた。
そう思えば、コートもマフラーもソファの上だった。
寮から学校までの短い間とはいえ、一月は寒い。
実家に帰った際は、別のコートとマフラーを使ったのだが、それを学校に着ていくには流石に抵抗があるデザインとカラーだ。
学校に着ていくには、ソファの上にあるものが一番適している。
彼は悩んだ。
ソファの上にあるものを着るには、ソファにあるものを見なければならない。
高雅院にもらった帽子であるとか、やはり渡せなかったプレゼントのはいったカバンであるとか。
あの日、そのままにしてしまったことであるとか。
「さっと取れば…」
大丈夫。きっと大丈夫だ。
彼は、一人でなんとか自分自身を説得し、できるだけ、ソファを見ないように、コートとマフラーをそこから引っ張った。
すると、コートとマフラーを勢い良く引っ張りすぎたらしい。
帽子がコートの裾に引っかかって、床に落ちる。
カチャリ…と金属がフローリングに落ちる音がして、彼は首を傾げた。
何か金属などついていただろうか。
それとも、コートに鍵でも入っていたのだろうか。
それを拾おうと、彼は思わず音がした方を見た。
そこには、帽子が一つ、落ちていた。
高雅院にもらった帽子。
どういった理由でくれたとか関係なく、彼にとって大事にしなければならないもので、床に転がっているなどということはあってはならない。
気持ちは何か痛いものがあるが、帽子を拾う。
ふと、彼の目にあるものが飛び込んだ。
シンプルな帽子のサイド。
金の留め金の、羽と植物のモチーフ。
床で音を鳴らしたのは、恐らくこのピンなのだろう。
彼はそのピンを見たまま、動けない。
こんなものは、帽子が届いた当初、なかった。
思い出されるのは、帽子をいじっていた高雅院。
帽子をかぶったままであったにも関わらず、わりと長い時間いじっていたように思う。
このピンは、誰がくれた?