どうしようもなく恥ずかしくなった。
どうしたいとか、どうしてだとか。
純粋な好意を前に、尋ねることじゃなかった。
これに返すのは、どうしてだとかどうしたいだとかではなく、まして音信不通だなんて手段でもなく。
『ありがとう』と言って笑って返すことだ。
彼はいそいで携帯を置き去りにした机まで戻る。
今更、遅いかもしれない。
けれど、彼はそうしたかった。
気がつけたのだから。
時間を置けば、きっと後悔するし、未だカバンの中の後悔と同じ末路をたどることになる。
解っているのだ。
漸く立ち上がった携帯をもどかしく操作しようとしたら、メールが届いた。
それ自体は宣伝メールで大したものではなかったのだが、それに付いてセンターからやってきたメールが多かった。
いつもならば無視して電話をしていたことだろうが、彼はその時焦っていて、何を優先すべきかということを判断できなかった。律儀に一通ずつそれらを開ける。
不在着信を知らせるメールが数件。
友人、親類のメールが数件。
高雅院のメールが数件。
あの日の日付の不在着信件数と誰から連絡が来たかを示す名前も、高雅院雅だった。
所々に混じる他のメールなど目に入らないくらい、その名前が携帯を画面を埋める。
今日という日に近づくにつれ少なくなるメールに、本文も読めないで、メールを開いた状態で親指を動かしていた。
メールマークが画面の端から消えたあと、やはりメール本文もよめないで、彼はあの日あのときから数えて、最初のメールを開いたまま、手を止めた。
本文を何度も何度も読もうとするのだが、画面が滲んで、文字を確認することができない。
とにかく今は、電話をしなければ。
今が何時で、相手が何をしているかわからない。
しかし、それでも電話をしなければ。
着信履歴からツーコール。
『……はい』
「……」
最初は謝って、ありがとう。そう言おうと思っていたのだ。
携帯から聞こえる声に、彼は、声が出なくなって。
先ほどから出てくるやっかいな液体を制服の裾でこする。
鼻をわずかに啜って、口を動かす。声は、出ない。
携帯電話の向こう側も無言で、一分ほどだろうか。
鼻をすする音だけが携帯電話を通った。
『チカ、俺は…』
彼の耳を通る高雅院の声はいつもとちがって少し不明瞭で、まるで先ほどまでの携帯画面のようだと、彼はおもった。それが、少しおかしくて、彼は笑った。
「こうが、いん…、悪…かった…」
言葉がつっかえた。
情けないなと思いながら、鼻をすする。
『……』
おそらく泣いていることは、バレているだろう。
それでも、高雅院は泣いているかどうか、どうして泣いているかを尋ねなかった。
『チカ』
「…ん」
『チカ…』
「うん」
携帯を持ったまま、見えていないだろうに、彼は頷く。
名前を呼ばれるだけで嬉しい。
責めるような言葉を一切発さない高雅院が優しい。
無視をしたのにそれでも電話をとってくれたことがどうしようもなく愛しい。
『好きだ』
「……?」
そんな電話口の高雅院雅は、彼に理解できない言葉を発した。
何度も何度も、彼の頭の中を理解できない言葉が繰り返し、高雅院雅の声を伴ってエコーする。
『伊周』
好き?それは一体何だ…?
『好きなんだ…』
彼は思わず電話を切った。
「え?あ……す、き…?」
彼の混乱はまだ、終わりそうにない。