今更、同室者がかわるなんて冗談じゃねぇよ!
そう思っていたのは最初の頃だけ。
プリンを見かけた日から、ずっと甘いものが耐えず入れられている冷蔵庫に、俺は思わず笑みをこぼす。
お取り寄せの、俺が食べたくて仕方なかった限定プリンを受け取った日。
その日から。
俺とおかしな同室者との関係は始まった。
俺は甘党ではない。
同室者が取り寄せるスイーツはどれも魅惑的で、俺の好みを知っているのではないかと思わせるが、だからといって、甘党ではない。
好きなのは食べるよりも作ることだった。
調理が好きだった。
もちろん、食べることも好きだ。
調理するのはもっと好きだ。
だが、好きでも、調理をする俺というものをまわりに感付かせるのはいやだった。
前の部屋は、気心の知れた奴で、俺が調理しようが、冷蔵庫に潤沢に食物をいれようが関係なかった。
だが、突然部屋がえを命じられ、見ず知らずの人間にそれがばれることは遠慮したかった。
人は俺をみると、ふだんいいもんなんて食ってないんだろう?と思うらしい。
作ってもカップ麺。食うのは惣菜パンや肉。
そういう外見だ。
俺がシーザーサラダをドレッシングから作れようが、ホワイトソースを冷凍保存しようが、そのイメージは覆らず…そして俺も覆すつもりはなかった。
だから、今更知らない同室者ができることをよしとはしなかった。
それが今や、この同室者でよかったと思っている。
甘味の趣味が合うのはもちろんのこと、変な冷蔵庫を挟んだ接触以外、まったく接触してこないことが、とても気に入っているからだ。
おかしな関係だが、俺の外観にそぐわない行為を探ろうともしない微妙な無関心さが心地よいのだ。
だが、その心地よさは、たった今、崩れ去った。
「お、杏仁豆腐だー!あれ、プリンもケーキもあるし!」
勝手に冷蔵庫をあけるなと言ってやる気も起こらなかった。
俺がこの部屋にすむきっかけを作った転入生。
気心の知れた元同室者があまりにも、そいつに疲れていたから、せめてクッションになってやろうと近づいたのが間違いだったのだろうか。
ここ数日、やたら煌びやかな集団に混ぜられ、クッションにはなろうとしたものの、俺も奴に振り回され、辟易。
適当に返事をしている間に俺の部屋にヅカヅカとはいられ、挙げ句、ここ数日、見るたびにいつもとかわらない様子にいやされていた冷蔵庫にさえ、手を出された。
食べていいかと聞くが早いか食っている。
杏仁豆腐はまだしも、ケーキやプリンは俺のものではない。怒鳴り付けようとした瞬間、入り口にあるドアがけたたましい音をたてた。
「古城(こじょう)、うるせぇ!静かにしろよ、クソが」
二、三度つづけてドアが悲鳴を上げた。
俺には天敵と言われている奴がいる。
視線をあわせることも嫌悪すると言われている。
そんなやつが、いる。
正直俺は、そいつを見ても何とも思わない。
そいつも俺を見ても何もしない。
ただ、お互いに接点はなく、仲がいいわけでも悪いわけでもないし、関わりを持とうとしていないから、そういう奴がいるという認識があるだけでお互いを無視している。
けれど、まわりは盛り上がって俺達を天敵にする。
そいつの名前は鬼怒川省吾(きぬがわしょうご)。俺と同じ強面で、目付きが悪く、身長も高ければ柄も悪く、売られた喧嘩を買うのは当然としているくせに風紀委員長をしているやつだ。
そんなやつが、だ。
今まで古城のこの字も口にしなかった奴が、だ。
まるで噂を真実にするかのように部屋のドアを蹴る。
ここにきて、正義感がやたらに強い転入生が、やはり勝手にドアを開け、鬼怒川にわめきたてる。
鬼怒川は眉間によせた皺を三割増やし、奴を睨み付けたあとうるさいやつを、部屋の外にポイっと捨てた。
奴についてきた集団も、一瞬ぽかんとした後、口々に鬼怒川に文句や嫌味を行って、去っていった。
あとに残されたのは、鬼怒川と、ビビリな元同室者、それと爽やかにみえるスポーツマンと俺。
ドアの鍵を後ろ手に閉め、ため息を付いた後、手に持ったビニール袋から工具をとりだし、もう一つ鍵を素早くとりつけると、鬼怒川は俺達に向き直った。
この状況を誰より理解しているだろう鬼怒川は、廊下でうるさくしている連中に眉間の皺を寄せ、未だ俺達に説明もないままどこかに電話を掛けた。
しばらくすると、外は静かになった。
「省吾…よかったのか?」
鬼怒川に声をかけたのは爽やかに見えるスポーツマン。
今日になって姿を奴のまわりではじめてみたそいつは、昔から有名人で、鬼怒川といるところもたまにみかけるやつで、鬼怒川とはおそらく一番面識がある。
「仕方ねぇ。俺にも許せねぇことがある」
置いてきぼりを食らった俺と元同室者は何がどうなっているかわからぬまま、ぽかんとしている。
「あー…なんだ…古城。とりあえず、はじめまして?あぁ、そっちの奴も、はじめまして」
ビビリの元同室者は、当然のごとく鬼怒川にびくりと肩をすくめる。
「そこの部屋の…住人の鬼怒川だ」
俺の部屋の向かいを指差した鬼怒川省吾。
別に仲がよくも悪くもない…ただ、そういうやつもいるんだと認識しているだけのやつが、その日から甘党で冷蔵庫に甘いものを絶やさない強面の俺の同室者となった。
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