鬼と弁当。


壊れた日常は元には戻らない。
戻らないが、習慣というやつは早々かわるもんじゃない。
俺と古城は学校では目が合っても、挨拶をするわけでもなく、部屋に戻ってもやはり生活サイクルは違うまま。
もちろん、会うこともない。
しかしあの日から、俺の食生活は劇的にかわった。
昼食はわりとまともだが、朝なんて食わねぇし、夜なんて好き放題甘いもん食っちまう俺。
キッチンでたったまま甘いものを貪る俺を不幸にも発見してしまった古城は、その日から俺の晩飯も冷蔵庫にいれるようになっていた。
毎日かわるメニューはすばらしく、和洋中となんでもござれ。
俺も飯くらい、あれば普通に食う。
甘いものは確かに好きだが、用意されているものを二の次にして甘いものを食うなんてことはない。
それに、正直、古城の飯はうまい。
料理上手だ。
俺は晩飯が楽しみで仕方ない。
餌付けされている感じもするが、そこは仕方ない。
「鬼怒川、晩飯付き合え」
「…飯あっから」
「ダメだ、実験に付き合えるのはおまえだけだ」
「やっぱ、実験なのかあの料理…」
生徒会長という難儀なことをしている友人の飯の誘いも断って、部屋に一直線に帰る俺は、ある意味一途。
友人があまり多いと言えない友人に頼られて押し切られれば、しかたなく付き合いはするが、かえって用意されていた晩飯を弁当に詰め替えるくらいには好きだ。
美味いものを腹一杯の時に食えば、味は半減だ。
その日の晩飯は和食。まるではかったかのように冷たくなっても美味いものばかりで、俺は弁当につめて、冷蔵庫にそれをいれた。
俺の考えが浅はかだったと気付いたのは、次の日の昼休み。
飯は相変わらずうまかったし、腐ってたなんてこともなかった。
しかし、弁当という奴は目立つ存在らしい。
食ったのは風紀委員室でも、持っていった俺を目撃していた奴らは噂を走らせた。
5限目には、俺はすでに時の人。
「彼氏できたって?」
聞いてきたのは、爽やか系スポーツ男子と名高い男、中崎拓(なかざきたく)。
友人の一人だ。
「……尋ねる性別がちがわねぇか?」
「この女っ気のない山奥の男子校でか?」
「下界にゃ、普通にいるだろが」
「降りてないだろ、最近」
「つうか、恋人自体いねぇし」
「ガセか?恋人の弁当もってたって聞いたんだが」
「恋人の弁当な…」
なんとなく心当たりはあった。
というより、昼休みに食った弁当以外、心当たりはない。
そうだな、普段は弁当なんて持っていることがない。売店に弁当を買いに行かせることはあっても、だ。
「弁当は、食ったけどな」
「…手作り弁当だろ?」
それは違う。弁当ではなかった。
俺は首を振ったあと、ため息をついた。
「これでウマイ飯くいっぱぐれたら、どうしてくれんだ…」
なんとなく呟いて、重症さを知る。
こりゃあ、元に戻りようがねぇよ。
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