体力を消耗しないためにも、相手の裏をかかなければならない。
俺は古城のクラスの調理場に匿ってもらっていた。
俺と会長が不仲という噂より有名な、古城とは犬猿の仲という噂を利用させてもらったのだ。
だが、俺がなんとかそこにたどり着いたとき、古城はいなかった。
休憩に入ったらしい。
「委員長大変っすねー…」
わざわざ休憩になるのを狙ってそこに隠れたように思われていて、俺への同情の視線が酷い。
天敵がいるはずの場所に、いなくなるまで待ってわざわざ隠れるというのは、人を同情させるに値する行為なのだろう。
「そこそこ…大変ではあるがな」
華美な服装…帝王ということでナポレオン風の服装は秋でも動き回るには暑い。早々に上着を脱いでクラスメイトを見つけだし預け、走り回り、シャツの袖をめくりあげ、ボタンを二つ三つ外し、白いズボンではなく黒いズボンに入れていた裾をだし…と、イベント開始当初の面影はすっかりなくなってしまっている。
俺の疲れが全身に出ているといってもいい。
それは古城の件がなくとも同情くらいされるだろう。
「しかしあちぃな…水、もらえるか?」
俺が尋ねると、コップに水を入れようとした奴が手を止めた。
「紅茶とかお茶も出せますよ?」
言われて、ふと、思い出す。
俺の食べるものには、今、制限がある。
制限があっても、禁断症状がでるわけでも、その制限をもうけた古城と喧嘩になるわけでもない。
むしろ、制限があるとも思わない。
それくらい古城は俺を不自由させないどころか、満足させている。
だから、あまり気にしたことがなかった。
この制限には飲み物は関係しているのだろうか、と。
俺は普段から水を好んで飲んでいるため気が付かなかった。
古城は、食物をよりおいしくするものを知っている。
テーブルの全体、見た目、飲み物。
知っているからこそ、紅茶やコーヒーにも詳しいし、淹れるのもうまい。
「……いや、水がいい」
走って疲れているときはさっぱりしているものがいいし、俺が水を好んで飲むのも有名な話だ。
何の疑いもなく、そいつは水を出してくれた。
冷たい烏龍茶や、紅茶でもよかった。
それこそ、ガムシロップを少し入れたストレートティーやレモンティーでもよかった。
おそらく古城は、飲み物について制限を設けていなかった。
しかし俺は、紅茶という選択肢を前に、思ったのだ。
古城がいれたストレートティーが飲みたい。
今晩強請ったら、淹れてくれるだろうか。
晩飯食って、デザート食って、紅茶飲んで…いや、デザートによってはコーヒーでもいい。
無性に古城に会いたくなった。
贅沢フルコースがしたいから会いたいなどと、現金な話だ。
体育祭の仕返しもできていないことだし、この際だから古城に八つ当りしてもいいだろう。
フルコースに古城自身も加えたあと、深呼吸をする。
首をならし、立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行くわ。サンキュー」
コップを置いて立ち上がり調理場から出ていく。
俺を探している連中に見つからないように人の少ない場所を歩く、もしくは走る。
巡回という意味では結構いい行動となってしまっている。
走り回っていない時間は、さすがに腹が減る。
古城の昼飯を断ってしまったのが悔やまれるか、致し方ない。
そんなことより、今は無性に古城に会いたい。
腹が減っているからという理由だけでは説明しきれない感情に、こんなときでなくてもいいだろうにと、一人苦笑する。
疲れているから、会いたい。
昨日も会ったし、今朝も偶然会った。
長い間会っていないわけでもないし、古城に癒されるわけでもない。
俺の日常は、思うより、考えるより古城だ。
朝昼晩と飯は用意してくれるし、ヤりたいときにはヤる。甘いものも用意してくれる。
ヤりたいと思うのは、古城しかおらず、制限をされてもまったく不便を感じないどころか、古城がいいとさえ思わせる。
あまり深く考えなかったし、その必要がなかった。
傲慢なことだし、思い上がりもはなはだしいことだと思うのだが、何も言わなくても古城は俺のものだった。
「やべぇ…バカじゃねぇの」